「子供のためのコンテンツをつくること」          cooma.exblog.jp

言葉と文化
by radiodays_coma13
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子供向けコンテンツの進捗とお詫び
現在、「子供向けコンテンツを作ります」と宣言して
いろんな人の助言や協力をもらいながら
その可能性やコンセプトに関して、詰めていっております。
ちょうど、その考察等を日記形式でアップしているということもあり
いろいろな方からどうなったの?というような言葉をいただいています。
そこで、この場で進捗の報告をさせていただくことにしました。
当初は夏過ぎくらいに、なにかしらの形
つまりα版となるものを作り上げる予定でおりました。
しかし、実はほとーんど進んでおりませんのでございます。
もちろん、寝ても覚めても子供向けコンテンツのことを考えております。
ええ、それは嘘ではありません。

しかしながら、わたしの悪い癖であんまり風呂敷を広げすぎて、
いろんな人に協力してもらったもんですから
逆に、それは面白いねとか
それなら、こうした方が良いというアドバイスを沢山もらい
企画は膨らんで膨らんで、
もう、一人の力ではなんともならなくなってしまいました。
今のままの企画を実行するとなると、会社も辞めて、
それなりの投資をしなきゃならないレベルまできてしまいました。

その中には助力するよとか、投資するよとか、
惜しげもなく貴重なアイデアを提案していただいた方もいます。
本当にありがとうございます。この場を借りて感謝いたします。
しかし、それはそれで、契約とかなんとか色々と手続きが必要で
それで動き出すとなると、もう、それは自分のプロジェクトではなく
或る程度の責任の伴う案件となってしまうのは目に見えております。

もちろん、人を巻き込んで動くとなると、それなりの責任が発生するのは
百も承知です。そして覚悟もしています。
しかし、まだ、この自分自身の軸がブレている段階で
動き出しても、おそらく納得のいくものはできないと考えました。
今までそれを生業にしてきているので
なんらかの形にはすることはできると思います。
ただ、このプロジェクトにおいて、それだけはしたくなかったのです。

現在世の中にあるようなコンテンツを自分のライフワークとして
貴重な自分の時間を使ってわざわざ作る必要はないかなと思っています。
しかし、残念ながら、今の段階では
それくらいのものしかできそうにありません。
単なる奇抜さではなく、必然性をもって、そのコンテンツを生み出すには
それ相当の問題意識と、情報量が必要になると考えています。
というわけで、今、協力していただいている方
これから協力していただく方には
引き続き、わがままなご相談をさせていただく事になると思います。
本当に、身勝手なお願いになってしまい申し訳ありません。

とはいえ、そんなアイデアが形を成すまで
ただ待っているかというとそうではなくて
まず、草むらの中にあぜ道くらいは作りたいと思います。
多数で動くとそれなりの労力がかかるため、私個人で動ける範囲で
まずiphoneやAndroidマーケットに簡単なアプリを出す予定です。
それから、ふくらんでしまったアイデアに関しても、
もし動けばどうなるかのシュミレーションは引き続きデータ収集していきます。
秋までに形を作るというのを断念したのもシュミレーションの結果で
それが不可能とわかったからです。
そして、それを急ぐのが得策ではないと考えたからです。

今は、落ち着いて、子供向けコンテンツに関して
その可能性、問題意識を明確にして
できるだけ多くの方に情報を発信し、情報交換をしたいと考えています。
もし、このプロジェクトのために、何かを待っていただいていたり
他でも使えるアイデアを差し止めていただいているのであれば、
わざわざ、わたしが言うまでもありませんが、自由に使ってください。
ディスカッションの中で出たアイデアの場合も同様、
そのアイデアの権利を主張したりしません。

アイデアは出せば出すほど、人目にさらせばさらすほど、
次に良いものが出るものだと思っています。
なによりも、アイデアは天啓のようなもので
個人のものではないという信念があります。
それを形にした者がはじめて
その創作物に対して著作を名乗れるのだと思います。
とはいえ、わたしの方から無断で、
多くの方からいただいたアイデアを形にすることはありませんので
ご安心ください。

いつか協力していただいた方が
「協力してよかった」と思えるように
尽力して参りますので、
今後とも何卒ご協力、宜しくお願いします。

それから、こうやって、内情を明らかにするのも
なにかしらの反応が欲しいからに他なりません。
なにか、ちょっと教えてやろう、とか
こう思うという意見、貴重な情報があれば
教えてください。そっと耳打ちでもいいです。
面倒くさがらずに、おせっかいしてください。
反論でも、文句でもいいです。
受けて立つほどの体力も知力もありませんが
打たれ弱くはありません。
どうか、宜しくお願いします。

里宗
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by radiodays_coma13 | 2011-07-29 01:58 | 子供向けコンテンツを作ろう
落語の笑いと遊びの可能性
落語にハマっている。

会社の近所に新宿「末広亭」がある縁で
前から気になっていた、柳家小三冶を観に行ったのをキッカケに
堰を切ったように、どっぷりと落語にハマっている。
古典から現代まで
音楽の変わりに一通り聴いてみた。

前からそんなに落語を好きだったわけではないのに
自分の人生にとって欠落していた部分を埋めるように
落語を欲している自分がいるのに驚いている。

落語には現代のお笑いにはない種類の笑いがある。
本来、笑いにはいろいろ種類があるはずなんだけど
現代のお笑いは特に発作的な笑い
神経症的でシュールな笑いばかりが目立ち
ゆっくりと心をほぐしてくれるような笑い
ハートウォーミングな笑いというはあまりない。

笑いはきっとマッサージのようなもので
笑うことで凝り固まった精神や緊張をほぐしてくれるのだと思う。
そして、そこには、マッサージの結果、得られる快感もある。

時代によって、緊張も異なる。
そこで、求められる笑いも異なるということになる。
現代は不条理で病的な社会に起因する笑いには事欠かないが
落語の長屋噺に感じられる隣人を愛したくなるような笑いはない。
現代にとって隣人は昔の長屋の隣人とは性質が異なり
不条理で脅威な存在である。
或いは、昔の笑いでは間に合わなくなってきているのかもしれない
しかし、笑わずに置いた心のどこかは
コチコチに凝り固まってしまっているように思う。
そういうポイントは増えていき、
心のどこかしこに、わだかまりを抱えているような気がする。
そこを有効にほぐす笑いはないものだろうか。

お亡くなりになった2代目桂枝雀さんは、
笑いを「緊張からの緩和」と定義し分類を行なっていた。
それに加えて、笑いには深さがあり、突発的な笑い、幸せを感じた時の笑い。
それらは、緊張のタイプとその開放のされ方によって変化する。
最終的にもっとも深い笑いは人生の緊張から解き放たれた時に訪れるだと言う。
それは悟りに近い感覚に違いない。

落語の笑いは発作的に激しい笑いよりもむしろ、
ステージの深いところを目指していると思われる。
アリストテレスが笑いについて触れたものに、
「笑いは人間の上下関係によって生じる」というのがあり
一種の優越感が笑いを生むとされる。例えばそれは蔑みによって生まれたりする。
漫才などのひとりがボケて、ひとりがツッコむというスタイルは、この種の笑いを
生じやすくしているのではないかと思う。
しかし、これは緊張の緩和理論でいうところの上下関係の緊張を緩和した笑いに過ぎない。
落語の場合にもこの種の笑いはいくつかあるが、
そこには、ある種の愛情が根ざしているように思う。
それは似ているようで非なる笑いをもたらし、
観客をより深い笑いへと誘う。

美味しいものを食べても人は笑うし
いい意味で期待を裏切られても人は笑う
微笑みという対人の緊張からくる笑いもあり
表面に出ない笑いもある
人はおそらく、動物的な感覚として、
課せられた緊張を緩和させる方向に向かうものだと思う。
そこには笑い的ななにかが存在しているはずだと思う。
そして、動物含め、或る時には擬似的な緊張を自らに課すこともある。
それが「遊び」というものの発端であると考えられる。

「笑い」、「緊張の緩和」という面から考えると
もう少しコンテンツとしての「遊び」の可能性を広げられるのではないだろうか。
多くの「デジタルゲーム」が、「与えられた課題」というタイプか
「恐怖」、或いは「物語」による緊張を主に扱っている。
しかし、そこには潜在的に遊びに含まれているが、
まだゲームというまな板の上には乗っていない、
もしくは、あまり取り上げられない、緊張がある。
そこにまったく新しい遊びというのではないが
新しい、遊びの局面、異なる見方、扱い方があるはずだと思う。
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by radiodays_coma13 | 2011-07-25 07:22 | 考える