「子供のためのコンテンツをつくること」          cooma.exblog.jp

言葉と文化
by radiodays_coma13
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著作権という武器
ものをつくるというのは
自由なようでいて自由ではない。
むしろ一番、自由じゃない職業じゃないかと思う。

好き勝手につくるということはおそらく誰にでもできるだろう。
でも、それで食べてゆくというのは尋常じゃない。

社会のルール文化人の嗜好
誰にみてもらいたいのか何を伝えたいのか
そしてセオリースキル会社の都合

こういうものに縛られて、本当に考えて良いものをつくろうとすると
その中にあって自由であるということがいかに難しいか。

「作りたいものをつくって、それで売れればいい」


「アーティスト」や「クリエイター」と言われる人によく会う機会があるが
よくそういう話をきく。
しかし、それができる人は本当に一握りのラッキーな人だ。
それに成功している人に会うと、その意思の強さは普通じゃない。
ああ、この人ならそれができるんだなと納得させられる。

僕のようなのは、日々、会社の都合や、社会のルールにおびえてものつくりをしている。

いざ、それで飯を食おうとすると、社会のルールや会社の都合は、憑依霊のようにかぶさってきて、自分が何を作りたいのかさえ忘れさせてしまう。


***


今日の話題はその中でもやっかいな社会のルールである
「著作件」の話。
ものつくるというこはこの著作権との戦いと言っても過言ではない。
まともに向き合うとなかなかやっかいな敵だ。
僕は今までたくさんの著作物を世に送り出してきた
しかし、自分が作り出したものがなぜか自分の自由にはならない。


僕は前に自分のいた会社に
訴えられました。

こんなに悲しいことってあんまりないですね。

1.僕のデザインのテイストが、
2.僕のイラストのテイストが、
3.僕のゲームのロジックが
4.僕の企画が、
5.僕のアイデアが
僕のものではなくなるのです。

明日から、他人なのです。それを使ったら訴えられるんです。
まあ、そういう契約なので言われても仕方ないのですが、
極端な言い方をすると、明日から僕は仕事できなくなるのです。
自分の真似をしただけでも、違法なのです。


まあ、結論を言うと、強力なバリアーと地雷を仕掛け
先方が手出しをできなくしましたが。
こんなこともあろうかと、事前に弁護士弁理士に相談していたのです。

(しかし、むしろ前の会社に著作意識を植え付けたのは僕自身なんです。
つまり、猿に持たせた武器にやられた愚かな人類のようになっています。)

もし、これからものつくりになろうという人がいたら是非、
しんどいですけど、著作権周りだけでよいので、勉強してみてください。
わたし達は自衛をするべきなんです。
じゃないと、法人にむりしとられます。
本来、著作権は個人を守るための法律で、それがビジネスの名の下
歪められるのは非常に理不尽なことです。


著作権のせいで今まで作ったものが配信できなくなったり
著作権のせいで、自由にものつくりができなくなったり
先につくったのに登録がおくれて、誰かに権利を盗られてしまったり
こんな著作権は本当に必要なのでしょうか?

著作権に関しては以前にも書いたことがあるのですが
それでも僕は著作権否定派ではありません。
著作権がわたし達を決して不自由にすることがあってはならないと考えています。

盲点は一創作者が著作権まで勉強しないということです。
その裏をかかれて会社単位にむしられるのです。
自衛することで我々は予想以上に大きな見返りを受けることが出来ます。
法人を逆に利用することもできます。

本当に価値のあるものは作られたものそのものだからです。
それこそが価値なのです。
ビジネスはそれを利用するだけです。
なにもないところから作れるということは本当に素晴らしいことです。
これさえあれば、わたし達はつくらない人に比べると
強烈な武器を手にしていることになります。
その価値に気付いて、それを利用すれば
ものつくりはもっと豊かになるはずです。

著作権こそは我々をそこから守る手段なのだと思います。
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by radiodays_coma13 | 2008-02-23 23:59 | 考える
ピンチはチャンス
なんの思し召しか会社を立ち上げて
前の会社にいるときよりも20倍ほど忙しくなった。
ただ、時間的に忙しいというのではない。
仕事量的に20倍なのだ。

前の会社にいた時は4人のチームで一週間に2本の新作ゲームを製作していた。
これだけでも、他の会社に比べたら平均以上の業務内容なんだけど
現在、4人のチームで一ヶ月に200本のゲームの依頼が入っている。

ん?20倍じゃなかった・・・。
40倍だわ。

胸を張ってもいい。おそらく日本一の生産効率だと思う。
これは嘘ではない。
もちろん、どうやって作っているかは、企業秘密
知りたい人はうちの会社に入ってください。※求人募集中!

質を落としているわけではありません
大手のゲーム会社からもアイデアクオリティを評価してもらったもーん。

最初はまず無理だと思った。
価格を下げれば売れますなんて誰でも思いつくことだ。
そんなこと簡単に言われてもと思ったのだけど
自分を追い込んでみようと思った。
そしたら何か産まれるかも。
ギリギリのところに自分を追いやれば、
スーパーサイヤ人みたいに変身できるかも

前の会社にいた時も半年かけて一人でゲームサイトを立ち上げた。
その時もきっかけはピンチだった。

つまり
ピンチはチャンスなのだ。

カッコイイ!

それをしなきゃ、なにもかもダメになってしまうというところに自分を追い込む。
逃げない。
すると普段使っていない部分の頭が動き出す。
これはもう僕の力ではないと思う。
僕はそのアイデアと技術がでてくるのを見守るだけ。
たまに「ほほぉ」なんて自分で感心しながら。


ピンチは楽しい。



僕はスポーツを見るのはそんなに好きじゃないが、
ピンチに立たされている人の顔をみるのが大好き。
九階裏二死満塁とかそんな時のピッチャーの顔。
「彼は今、どんな気持ちなんだろう。」

そんなことを思うと自分の心臓も高鳴ってくる。

***

僕の中でのピンチを連想する時の定番のイメージがある。
僕はよくそれを人になぞなぞで出してみる。
その答えが面白い人はたいてい仕事ができる人だ。

広い砂漠の中でオオカミにばったり出会う、あなたはヒツジ。
出会い頭、あなたはオオカミとじゃんけんをする
「じゃんけんぽん!」
あなたはパー、オオカミはチョキ
・・・沈黙


さて、あなたはどうする?

僕はこれを最初は夢でみて、うなされて
毎度毎度みるようになった。
最初はあたまからガツガツ食べられた。

僕もこんな夢を何度もみてはたまらないので、
よく考えて次はこうしようと思い夢に挑んだ

①走って逃げた、すぐに追いつかれた

②次の時には
「すいません命だけは・・・」
容赦なく食べられた

③その次
戦ってみた
・・・戦うまでもなかった

④その次
「ちょっとまって話し合おう」
驚いたことにオオカミははなし合いに応じる構えだった
「友達になろう」
「無理」と言って食べられた

⑤その次
「やったー俺の勝ち!」と言ってだました
オオカミはたじろいだ。
「なんで?」
「なんでも」
黙って食べられた。

⑥その次、そしてこれがこの夢をみた最後
「次は何して遊ぶ?」
オオカミは僕を食べなかった。

そう、別にこれは戦いではなかったのだ。
そもそもジャンケン。相手も同じルールの上に立っている。
これはゲームなんだから。ルールは変えたり作ることができる。


僕の尊敬する仕事の先輩にそのなぞなぞをだしたら

「ああ、残念、じゃあ、僕がオニ、君が逃げて、捕まえたら食べるよ」

と答えた。

さすが!
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by radiodays_coma13 | 2008-02-20 22:45 | 考える
何が大人なんだろうね
成人の年齢を20歳から18歳に
引き下げることを国が検討しているらしい。
(ニュース元[成人:18歳から? 法務省が法制審に諮問へ])

そのことで お酒タバコに始まり婚姻免許、果ては犯罪で裁かれる年齢の是非に影響してくることになるといわれている。


   「さて、大人ってなんでしょうね。」


この質問に子供たちが答えていた

「ガマンする人」
「わがままを言わない人」
「責任をとれる人」



ガマンをする人か・・・。なんか、つらい。
んん、ここは、ガマン、ガマン


僕は今、大人になるために多分、がんばっている。
「ガマンをする人」という発言はもっとガマンしなさいという言葉にもきこえた。
自分はまだまだ大人じゃない。
少しは大人になったかなと最近ちょっと思っていたけど、やっぱりムズカシイ。

人との関係において「もっと大人になろうよ」と自分で自分を叱ることがある。
時々、周りのせいにする自分に絶望する。

世間や最近の子供に対して愚痴るようにだけはなりたくない。
そうなったら、最後だ。
それは理解をあきらめたことになる。
「わからない」を切り捨てるようになったら
もう進歩することはありえない。



今日、妻が2ちゃんねるによる犯罪のニュースをみて
「2ちゃんつぶれろ!」
と激怒していた。
それが子供にたいする無差別の犯罪予告であったから
彼女の怒りはいきなり沸点に達していた。

僕が大人げないのが
「それは2ちゃんのせいではないだろ」
と即答した所だ。
本当はまずその犯罪に同じように怒りを表明しなければならなかったはずだ。
これを「空気を読む」と言ってもいいだろう。
それができなかったので妻の怒りの矛先は僕に向けられてしまった。


しかも
「車で事故があるからと言って車を責めるべきではないし、
本当に犯罪をなくしたいなら2ちゃんねるをなくしたところで何も始まらない」

とコレが火に油を注いだ。

人の感情は正論ではなにも解決しない のですね。
大人になるということは正しいことだけではうまくいかなくなるという
難しさもまたあるのね。はぁ

でもね。
それでも、僕は諦めない。
分からないと言って、その悪しきモノが潜む場所を
根こそぎに切ったところで
なにも解決しないよねぇ。

「最近の子供は」「最近の社会は」
30も後半になるとその子供に影響を与える社会を作っている自分、その社会を形成している自分がいるわけです。そいつのせいにするということは、つまり自分のせいなんです。もうなーんにも切り捨てることなんかできない。

この社会と無理心中するつもりででも、
その社会の病を共に闘病しなくちゃいけない。


今までなら
「そうだね2ちゃんつぶれちゃえ」
くらいに言っていたかもしれない。
でも、切り捨てられないからシツコく食い下がるんですよ。

****

「もし世界が100人の村」だったらというのがあった。データとしては面白い話しだった。でも、僕はあれが嫌い。その話しの流れのに、「でも豊かな国に生まれたあたなは幸せだね」という言葉が隠されているように思うから。

僕ならあの話をこう書き換える

「もし世界が一人の村だったら」

黒い自分、白い自分
貧しい自分、めっちゃ裕福な自分
幸せな自分、めっちゃ不幸な自分
頭のいい自分、頭の悪い自分
搾取する自分、搾取される自分
殺される自分、殺す自分


前にそんな詩(「許してあげる」)を書いた
世界で起こる全てのできことに自分は責任を持たなければいけない。
そうしないとみえてこないものがあるはず。
で、で、僕は搾取される自分を救うか?
ノー、救わない。そんなことするべきではない。
それが今の僕の答え。前とちょっと違ってる。


できることは許すことだけ・・・



んで、許してください奥さん
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by radiodays_coma13 | 2008-02-15 00:05 | ニュース
欲しいデータが欲しい
yahoo!のサイエンスニュース
を見ていると
よく「ほんとかなぁ」というニュースを見かける
「コーヒーが癌に効く」
「太っていると癌になりにくい」
どこどこ大学だれだれチームがアンケート結果とかね。

またそういうのをアホなTVが真に受けて番組で取り上げたりしよるんですわ。
一時期ありましたねTBSの「あるある大辞典」
「納豆がダイエットに効果的!」
きっとね、どんな食べ物でもそればっかり食べ続けたら痩せられますよ。
りんごしかり、メロンパンしかり、こんにゃくしかり
偏食してやせるくらいなら、水だけ飲んで痩せた方がまだ健康的でしょ。

で、僕は怒っているわけなんです。
なにってそういうデータに対しての怒りというわけではありません。
まあ、yahoo!にのるくらいの科学データなんか
信じるに値しないことくらい常識で考えれば分かりますがな。

どうせ、楽しませようとするくらいなら
「阿波踊りで癌が治った。同じ癌なら踊らなソンソン」とか
「鼻くそダイエット、1時間ほじって3時間分の運動量」とか
もっと気を利かせて欲しい。


「ゲームによる快感 男性強め」
スタンフォード大学薬学部の研究チームが報告
コレだけは許さないもんね。
だって、僕はゲーム作りをする人。
んなこと言われたら営業妨害もはなはだしい。


まず、データなんてもの、欲しいデータありきなのだ。
つまり「こんな結果が欲しい」 「こうであったらいいな」
を考えてデータを探す。

そうすれば大概のデータは集まるんだな。
数字だから信憑性があるということこそが錯覚だ。
人は「数字は動かない」と言う
でも、これこそがレトリックなのだ。
良いか悪いかというより、それは仕事においては常套手段なのだ。
僕だっていつも企画書の中のデータを欲しいデータで塗り固めて
怪しい結末に持っていってる。
「だからこの企画をやすべきなんです!」ってね。

企画なんてバカ正直にデータによって
「風が吹けば桶屋が儲かる」と訴えるものでしかない。

例えば「パチンコすると癌が治る」
100人のがん患者に毎日3時間、パチンコをしてもらい30日後
再び調べると癌の進行が止まった人が10人もいた。
こんなデータに「ほほぉもしかしたら一理あるかもね」と言いそうになる。
まず裏のデータもなければ比較データもない
その裏で15人は悪化したかもしれない。パチンコよりカバディの方が
癌に効くかもしれない。


でも、そもそも
どこに癌とパチンコの因果関係があるのか。

それでまかりとおるなら
ウルグアイのことについて考えた人は次の日、歯を磨かずに寝る傾向がある

という推測だって成り立つことになる。

「欲しいデータを作り出す」行為の悪質なのはこれを企業が利用するからだ。
悪名高い「コーヒーが健康にいい」という一連の研究は
コーヒーメーカーが資金を出している。
ラーメン屋はラーメンに癒し効果があれば嬉しいし、
アイスクリーム屋はアイスクリームが恋に効く
とあれば、お金を出してもそんなデータが欲しいわけだ。

そこでだ、「ゲームによる快感は男性が強め」というデータは誰のためか?
誰が得をするんだ?
PTAか?
それとも「男性を殺さないで!ゲームにはハマリやすいけど男性は頭のいい生物なんです」という過激派男性保護団体か?

まあ、それはいいとして困るんだよねぇ、こんな嘘言われたら。
他のどんなニュースも笑ってるけど、これは営業妨害だからね。
だから反論させてもらいます。

***

①テレビゲームのほとんどは男性向けに作られているのだ。
②ゲームセンターに一人で通うのは男性と決まっている。
③ゲーム会社だってそれを知っていて男性をターゲットにしてゲームを制作している
④ゲームクリエイターにしろそのほとんどがむさくるしい男どもだ。
⑤第一にシューティングとか、格闘とか、完膚なきまでに敵を打ちのめすという
オスの狩猟本能が剥きだしになっている。

まず、そういうゲームをもってして、ゲームによる快感は男性が強めであるということを忘れてはならないわけですよ!


ゲームというのを広げて「遊び」というところまで広げると、女性はママゴトを男性よりも楽しむし、無駄話というシュミレーションを男性よりも楽しむ、そして衝動買い という買い物も女性の方が中毒になる。

現に、クロスワードパズルお絵かきパズルは男性よりも女性の方がハマりやすいようです。

本当はこんなデータを同業者には知られたくないが、最近はゲームのサイトの女性ユーザーが増えてきており、現在ではケイタイに限り、半数以上を女性が締めるサイトも珍しくない。

せっかく増加傾向にあり、市場的価値の上がってきている女性のゲームユーザー層の動向に変なニュースで冷や水をあびせるな!ということですわ。

最後に私の屁理論を言わせてもらえれば
無駄話や無駄な買い物、無駄なテレビ観賞
女性ほど無駄を楽しむことは男性にはできない

と思っている。もちろんいい意味でね。

だから
本来、女性の方がゲームにはまりやすい
はずなのだ。
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by radiodays_coma13 | 2008-02-12 23:46 | ニュース
失われてゆくこと
ボクの大切な友人が亡くなった。
もう前の話なんだけどね。
何度もこう書き出して、途中で書けなくなってしまって。
少し時間が経ってしまった。
ネットでも彼の死についていろいろ触れられていたけれども
僕は誰とも彼の死を共有することができなかった。
すこし残念な話であるけれども・・・

なぜだか、僕には亡くなったその人が僕の知っているその人じゃなくて
みんなの知っているその人と僕の知っているその人が違う人なんじゃないかって
気がして。

彼のおかげで僕はたくさんの詩人に出会った
彼のおかげで僕は詩がもっと大好きになった
彼のおかげで僕は東京にやってきた
彼のおかげで僕は仕事をもらい
彼のおかげで何度かとても辛い時期を救われた

人前で泣くのは嫌だったけど、彼の前で僕はよく泣いた。
泣くほど笑ったり、感動して泣いたり
落ち込んでいるとそれを察して、誰かの詩を見せてくれたりして
その詩が驚くほど、その時の自分につきささってたくさん泣いた。

その人はお布団の上でひとりぽっちで亡くなった。
知らせを聞いた次の日、玄関の前に行ってピンポンを押して
もしかしたらでてくるかもしれないと思いドキドキして
ずっと立ってみた。
誰も出てこなかった。

涙はなかなかでてこなった。
こんな時ってあんまり泣けないもんなんだな。
僕はいつもどおり忙しく仕事をした。

その夜から毎日、彼の好きだったピックアップというスナック菓子と
大五郎という焼酎の水割りを飲んだ。
ウイスキーの好きな人だったけど、最後はお金がなくてね、
いつも大五郎。


東京に来た頃、仕事がなかった僕にデザインの仕事をくれた。
その僕は今、ちゃんとものつくりの仕事について
家も買った。
「玄関のマット分くらいは僕の場所ですよね」と彼は冗談を言った。

最後はその人はお金がなくて
僕はせめて、僕のできることと思ってタダでデザインをして
お金もいくらか貸した。けど、僕は彼から離れてしまった。
それじゃまるで意味がないのに。

飲もうって誘われても忙しいって何度も断った。
でも、何度も何度も誘ってくれた。
どうしても飲みたい時は「大切な話があるんです」って
それがちょっと可愛かった。

「本当に大切な話があるんです」
亡くなる1ヶ月ほど前、二人で飲んだ
お腹がよじれて涙が出るくらい二人で笑った。
出会った頃の話。いろんな所に行って
いろんなことをして、たくさんお酒を飲んだ話。

僕はその人の「親衛隊」を名乗っていた。
彼の邪魔をする詩人をエイヤーと蹴散らす役目。
彼が東京にいったので僕もついて行った
会社の社長になったので、僕を入れろといった。
「日本を変えちゃいましょうよ」と言ってお願いしたけど、
断られた。

すごく尊敬していた。
うううん、違うな、なんか大好きだった。

彼は奥さんと別れて、重い病気になって、
お金がないのに、借金をしてずっと詩人のために本を出し続けた。
彼の会社は倒産して、借金がいっぱいあって、
一人ぽっちで死んじゃった。

でもとても最後までとても元気でした。
希望でいっぱいでしたよ。
最後に会った晩
額縁に入った商標登録証を見せてもらった。
雑誌の名前の商標をとって
お金なんかないのに、商標だけとったって

「僕はまだ死んでませんよ」
「またやりますよ」
「その時は、お願いしますよ」
「今は田舎に帰って一からやりなおします」

その商標を抱いて、ぎゅっと抱いてそう言っていた。
なんだか、それが彼の命の火そのもののように大事そうにずっと抱いていた。

あれから毎日、思い出している。
とても自然に。
その人の田舎がテレビにでてくると
奥さんに「ここだよ」と話しかけたり
彼の好きな食べ物ができると「さつま揚げが好きでね」とかね。
死顔だってみてないのに、亡くなったなんて信じられないもの。


彼の詩に「さみしかったんだ」という詩がある
何かがベランダにやってきて手すりにもたれている。
挨拶をかわして、「入りますか?」なんて言って会話する
あくる日、拝み屋の人に相談したら「あまりかまっちゃだめだよ」
と言われる。というような詩。

そして、最後の数連を僕は記憶している

***
それで
えさとかは
やれないけど
また
くるかな
***

僕は今、じっとベランダをみている。
もうそろそろおくり出してあげなきゃね。
さみしいけど
いつまでもよびだされたんじゃ
迷惑だしね。

本当にね、お酒の好きな人でした。
笑うと、歯が抜けてて面白い顔なんです。
どこかこの世の人じゃないような、
悟りをひらいた仙人みたいなね。
それはそれは幸せそうな顔をして笑うんです。


彼のご冥福を祈り
献杯。
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by radiodays_coma13 | 2008-02-10 00:38