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言葉と文化
by radiodays_coma13
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超自我ジェットコースター
 数日前、実は最新の日記を削除しています。まあ、誰にも何も言われないだろうと思って、鼻をほじって油断していたら、意外にたくさんの人から、その真意を問われた。僕のブログをちゃんと見てくれている人っているんだなあと嬉しくなりましたが、同時に、こうやって公開しているからには、勝手なことは書けないし、責任は重いと感じた。さて、その理由はまったく個人的なものです。仕事について書いたのですが、これは書くべきではないと反省したまでのことです。最近自分の創作ができていないので、ストレスが溜まってたんですね。ついつい、弱音を…。でも、前回のブログで新作を発表したので、その点に関しては気が晴れました。

 難儀な性格です。創作していないと、ものすごく精神不安定になって、相撲取りに追いかけられる幻覚をみたり、ホモセクシャルのヒットラーに言い寄られる夢をみたりする。とかなんとか、創作していなかったことのせいにしていますが、削除に対するメールで頂いたお叱りにもあったように、「公開しているブログで仕事のことを書くべきではない」確かにそうですね。もし、僕の一過性の気弱な発言をみて、会社の人がモチベーションを下げてしまったら、これは僕の責任ですからね。ほんと、軽はずみなことをしでかしたものです。

 4年以上も前の話、「Love Letters」(刺激が強いので心臓の弱い人は遠慮願います。笑)というサイトをコトウユウキさんという方と共同で執筆していた。内容は、二人の往復書簡の形式で、毎回、ラブレターを出し合うというものだった。かなりあからさまな内容だったと思う。互いのリアルかフィクションかわからない瀬戸際の事実を物語としてキャッチボールし、それに新しい事実を混ぜるために、物語を追体験したりもした。それは僕の物書きとしてのスキルを向上させるための実験でもあったのですが。

 当時、僕にはちゃんと彼女がいた。しかし、実は、そのサイトが原因で別れた。人にはかなりの好評ではあったのだが、それと同じくらいの揶揄や批判も浴びた。それをまったくの事実と勘違いする人も多かった。でも、それはそれで嬉しかった。どのように文章にリアリティを出すのか、そのことに腐心しつづけたからだ。リアリティはなによりもの収穫だったのだ。ただ、それゆえに、多くの人を傷付けた…。

 20代の表現者にありがちなアートのためならなんでも犠牲するというタイプだったのだと思う。そういう意気込みだけはあった。ただ、僕はそのことで、本当にとても多くのものを失った。それはまさしく、「僕は表現にすべてを捧げます」という宣言でもあった。自分を切り刻み、作品にしてゆくこと。ちょうど、その頃、柳美里さんという作家の手法が話題になっており、個人としては大江健三郎さんの書き方にも興味を抱いていたという経緯もあるのだけれど。

 だが、ここで、ひとつ疑問が生まれる。現在、多くの人がブログで自分の日常をさらけ出している。そこにはあからさまな事実が書き記され、きっとそのことで傷つく人もいるだろう。これとどう違うのだろうか。表現と記述の違いということはできる。しかし、基本的に主観が多くを占めるので、大きくは違わないはずだ。一体、このことに自覚的であれている人の割合はどれくらいだろう。おそらく、かなりの人が、ブログやSNSというあたらしいメディアに麻痺しているのではないだろうか。

 前にも書いたのだが、表現と日記の違いは、僕は責任の所在ではないかと思う。書いたものの責任を請け負えば、それは表現といっても間違いではないと思っている。けれど、責任を負うということは、「それは表現ですから」という逃げ場もなくなるということだ。不思議なことにそういう覚悟で書いた文章は心のリアルになる。いや、逆か、リアルしか書けなくなってくるのだ。それは時に奇妙なシンクロニシティを産んだりもする。まさに書いたことを生きなければいけなくなってしまうということが何度もあった。

 結果的に僕は「Love Letters」をしたことを後悔していない。とにかく僕は戦後文学のドロドロとした私小説とか、感傷的な自分詩が苦手だった。それまで、個人の感情を徹底的に否定した作品を作り続けてきたが、そこに自分を客体化し、偶像化する技術を手に入れたように思う。それは現在の自分の表現の軸にもなっている。

 で、ブログやSNSのことに話題を戻す。僕は日記を公開することが悪いとは思わない。しかし、見逃してはならないのは、これは異常事態であるということ。本来言うところの日記帳、あれって人に見せたいと思う?もし、僕の中学の時の日記がデータで出回るようなことがあったら、僕なら舌を噛んで自害するね。でも、今、多くの人がそれをしている。しかも不特定多数に。これは単に流行で済まされるものではない。大規模な意識の変革が起こっていると僕は確信している。

 例えば電話。最初、日本に電話が登場した頃、電話は通常、玄関に置かれるものだった。つまり他者であり客人であったのだ。だから、玄関先で話をする。しかし、電話が一般的に広がると、電話は居間の外、廊下に置かれるようになる。電話の普及と共に、奴らはついに居間に上がりこみ、それから各家族の部屋や寝室に入り込むようになった。ま、やらしい。さらに、携帯が登場し、この他者との通信手段である電話はやがて、個人の胸の内にしまわれるようになった。これを異常事態と言わずしてなんとしよう。

 日本人は他者と自己との境を非常に大切にする民族である。正月のしめ縄はまさにそのことのシンボルである。聖と俗、内と外、ハレとケの境、そして、コミュニティの境。我々はことあるごとに、儀式として境を作り、敷居を高くし、あるものは包み、あるものは結び、自分のコミュニティを明らかにしてきた。しかしだ、今の現実はその逆方向に向かっている。現社会の中で個や境が溶解しようとしているのではないか。あるアーティストはそれを「スーパーフラット」と言い表した。

 もしかしたら、その変化は長い眼で見れば、文化としてワンランク上の地球文明にいたるための通過点なのかもしれない。しかし、その前に、我々の前には病巣としての、個の溶解という問題は残っている。そのことが引き起こしていると思われる現象を探すに暇はいらない。ストーカーを代表に、そしてマナー違反としての軽犯罪。分かりやすいマイナス要素だけではなく、現代人の精神構造に根深くことのことは影を落としている。ただ、全体の変化の前で、我々が麻痺しているだけである。それは大群の中の鰯が世界が鰯で出来ていると思うのと同じことだ。

 「2ちゃんねる的思考」と言う言葉を誰かが使っていた。まったくまとまりのない好き勝手な発言が許される場でいながら、そこにひとつの確かな意識が存在するというのだ。それはとても興味深い現象だ。いわば、社会の共意識というものがそこに成立していると。それはもしかしたらある種「2ちゃんねる」という実体のない生命体みたいなものではないか。個々は自由に泳いでいるつもりでも、離れてみると、巨大なひとつの生き物に見える鰯の大群のようなものである。

 ただ、人間がそのような洗練された群れ社会を形成するには、無駄な精神構造が多すぎるような気がする。一人一人がきちんとした自覚と知性を持ち合わせていても、彼らが集団になると、集団としての性質はいきなり幼稚なナルシズムで暴走をはじめ、惰性に支配されブレーキを失う。しかし、あえて、さめた目でブログやSNS、携帯電話を見てみると、誰もがこれらを疑うことなく受け入れていることに恐怖を禁じえない。幼稚な集団が起こす事件が絶え間ない中、自分だけは大丈夫と、もう安心していられる時代ではないのである。誰もが超自我ジェットコースターに乗って暴走を始めているかもしれないのだから。
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by radiodays_coma13 | 2006-03-28 00:18 | 言葉について
クライ森
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 きた。久しぶりの鬱だ。はははは。体が熱くなったり冷たくなったり忙しい。付き合い方は分かっている。楽しんでいこう。クライ森をさまよい歩くようなもんだ。誰も恐ろしい動物に見える。そっとそっと道を踏み外さないように歩かねば。もし、道に迷ったら、大変だ。今までゆっくり積み重ねたものが台無しになる。平常心平常心。

 ものをつくるというのはどんな健康な精神状態にある日常においても、このクライ森に繰り出すようなものだと思う。少し気を緩めると、クライ森からの帰り方が分からなくなる。だから、あまり健康でない精神状態の時に下手にモノツクリをするべきではないとあれほど言ったのに…。やっちまった。

 モノツクリの仕事、もしくは使命ってそのクライ森の地図を作ることではないかと思っている。普段、人は好き好んでこのクライ森に足を踏み入れようとはしない。ただ、何かの拍子にこのクライ森に迷い込む人がいる。慣れない人はどんどん深みにはまってゆく。そこに来て、自分で地図を作ろうという人もいる。心の闇を見て、突然、表現を開始する人はこれにあたると思う。逆に表現をしすぎて、自ら、クライ森を迷ってしまう人もいる。それから、表現のために、わざわざクライ森の住民になる人もいる。

 でも、いろいろな作品をみていて感じることは、本当に有意義な仕事は、クライ森から柵の中の安全な場所への帰り道を教えてくれることではないだろうか。どれだけ優れた作品かは、どれだけ、クライ森の奥底に光を届かせ、そこからの帰り道を示せるかではないか。しかし、鬱になってみて思うのは、いかに、うわべだけの光が多いことか。深みにいる人間にとって強すぎる光はただの目潰しにしかならない。そこはほとんど、自分の肉体さえ曖昧にしてしまうような完全な闇だからだ。その入り組んだ森の奥底にそっとやさしい光を注ぎいれること。これはなかなか出来ることではない。

 おびえている者にとって、どんなやさしい言葉も、恐ろしい鵺の鳴き声にも等しい。すべての声が自分を責めたてる。しかし、優れた作品は、見ている人、その人の声を借りて語りかける。そして、もっともおそるべき作品もある。それはその人の声を借りて、人を疑心暗鬼に陥れるもの。「やめだ、やめだ!」「バカらしい、もう誰も信じない」。“邪悪”というものが存在する。それは、人がこのクライ森で出会うもっとも恐ろしい影だ。

 森に迷った者は一体、どうやって声を聞き分ければいいのか。邪悪はおびえるものの心に、あまりにたやすく、そして、しっとりと忍び寄る。この状態になった時、僕の場合、とにかく情報を遮断する。闇を直視するのだ。魔物は人の恐怖と創造力を蜜にして成長するという。そこから、ゆっくりと恐怖を取り除けば、闇の中におびえる自分が見える。

 とにかく一度、柵の中へ帰ろう。同じ過ちを何度も繰り返してはダメ。また、ゆっくりとここにくればいいのだから。でも、ここは危険。これ以上、先にいっちゃダメ。帰ってあったかいお風呂にはいろう。それがいやなら、冷たい水で顔を洗おう。それでも億劫なら、ゆっくり歩数を数えながら歩こう。大丈夫大丈夫。もしかしたら、朝の水を美味しいと思えるかもしれないから、もしかしたら、お天気の風を心地よいと思えるかもしれないから。日々の繰り返しを繰り返し丁重に、そっとそっと。

 クライ森でうずくまる人に出会っても、絶対に立ち止まっちゃダメ。もし万が一、彼らと話してしまったら、ここが心地よいだなんて思うようになってしまう。そうやって、ダメになった人もたくさんみてきた。僕がこういう時、ともし火として使っているのは「バッハ」の「マタイ受難曲」アリア「憐れみ給えわが神よ」いつもそう。とてもやさしい。やさしく確かな光。

 「鬱です」と言っても誰も信じてくれない。僕が鬱になるような人種にみえないのだそうだ。僕はいつもちゃらんぽらんで、シリアスじゃなくて、人好きでおしゃべり。そう思われているらしい。これはいろんな人から言われている。でも、ただ一人、昔のものつくりの相方だけが、僕が本当は人嫌いで無口だと言っていた。無口かどうかは別として僕だって落ち込んだりもする。

 よし、足取りにリズムがうまれた。時間をかけてゆっくり浮き上がってゆくしかない。

 そして、クライ森からの手土産。手土産というか作らなければ苦しむこともないけれど・・・。「?」です。テキスト作品です。
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by radiodays_coma13 | 2006-03-26 04:58 | 感覚について
ある部屋とのお別れ
 大阪でのライブのついでに、久しぶりに実家に立ち寄った。久しぶりの街、久しぶりの隣人、久しぶりの行きつけの店。出会うたびに、初恋みたいに胸がきゅーんとなる。僕がいない間もそれらはそこにあるはずなのだけれど、そのことがとても奇妙な感じがする。もしかしたら、僕がいない間、それらは時間を失ってじっと凍り付いていたのではないかと思えてくる。それはまさに手付かずづにされていた僕の部屋に入ったときに最も強烈に感じた。フリーズした時間が雪解けのように流れ出し、あの日のあの時と同じように僕に語りかけてくる。「これだから、いつも片付けに失敗するんだよなぁ。」

 実家に帰る度に荷物の置きっぱなしになった部屋の整頓を親に懇願されているのだけれど、その部屋に入るのさえ億劫なのだ。もう6年もそういわれて、それを成し遂げることができなかった。今度こそと作戦を練って挑むのだが、ぴらっと引き出しから出てくる日記やら、ふとしたものに貼り付けられている昔の彼女のプリクラやらの攻撃にあえなく玉砕を続けてきた。いつも半ば、鬱状態になって「また今度ね」と実家から逃げるように退散する。

 そこには、紛れもない昔の自分が存在していた。幼く稚拙で、身勝手な青年。それでも、やっぱり自分。そこにあるさまざまな、本や作品や画材やデータ、それら点を結んでゆくと、そこに、もう一人の自分のシルエットがくっきりと浮かび上がる。それらのものを捨て去るということが昔の自分を否定し切り捨てるような感覚にさせるのだ。ぴらっとめくったスケッチブックに下手くそだけれど、一生懸命なデッサンがでてくる、ぼわっとその時の気持ちやら匂いやら、部屋の光の具合までがよみがえる。その中からこちらに親しげに声をかけてくる青年「やあ」。ダメだ、捨てられそうにない。

 そこで、こういう作戦をねった。「もう何年もそれなしで過ごしてきたのだから今日からそれがなくたって本当は困らないよね作戦」長い。でもそう思うことにする。えいっとスケッチブックの一ページを破り捨てる。青年が悲しげに悲鳴を上げたような気がする。心が痛む。一気に気持ちが萎える。すべてを捨て去るにはどんな労力が必要なのか、それを考えると気が遠くなる。そうだ、ひらめいた。作戦名は「奥の院壊滅作戦」今度は作戦名らしい感じ。つまり、一番大切にしていたものからごっそり捨て去ればいいのだ。それは、あのうずたかく積まれた荷物の奥の机の引き出しの中にあるもの。よい子の夜のお友達、エログッズたちだ。

 そういうのって、なかなか捨てられないんですよね。「いつかまたお世話になったりなったりしちゃったりなんかするかも」なんて思ってたら、それが積もり積もって、意外な質量になっていたりする。つまり、それこそが、両親にその部屋を手をつけないでくれと言っていた理由でもあったりするわけで。でも、それがもったいないからといって、今の家に、ダンボール何箱もそんなものを送り付けるわけにもいかない。そんなことをしたら、奥さんに逆さ吊りにされる。

 おそらく、こいつこそが敵の正体なのだ。僕はイベントが終わって、深夜3時に帰宅すると、そのまま寝ずに、奴らをダンボールに詰め始めた。奴らの「まぁまぁ、そないに焦らんでもええがな、次のページにはもっとゴツイのがありまっせ」という誘惑に途中何度か手が止まったが、i-podのボリュームをガンガンに上げて、意識をそらした。結果、ダンボール4箱分のグッズたちを詰め終わり、まだ、寝静まる幼馴染の街をエロダンボール抱えて奔走し、ついに彼らを手放した。「達者でな、いい人にもらわれるんだよ」まるで、子猫を捨ててしまうくらい後ろめたい気分に振り返りつつも、やっとその場を離れることが出来た。明け始めた街がとてもすがすがしく感じた。そこはあの昔の暗い思い出に彩られたいつもの感傷的な街ではなく、ほんわか懐かしいあの場所に変わっていた。

 そういうわけで、無事、部屋の一斉清掃は完了した。作戦は大成功だった。なにか大きなことをやり遂げたような気分だった。なんだか、自分自身も軽くなったような気がした。過去の清算。そんなありきたりな言葉が適切かもしれない。ぽわっと昔の自分がそこに現れ、軽く微笑んでいるような気までした。「ちゃんと捨てなきゃ、ちゃんした思い出にもしてあげられないんだよね」。実家からの帰り際、母から「エロ本は全部処分したの?」とさりげなく訊かれ「ハイ…」と頬を赤らめながら実家をそそくさと後にした。
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by radiodays_coma13 | 2006-03-23 23:24 | 考える
左手、帰っておいで、右手も待ってるよ
 左手が家出をした。右手は残されてとても悲しんでいる。その旨、左手の留守電に吹き込み、夜の公園で待ち合わせをする。僕は孤独な右手と左手の帰りを待っている。いつになっても左手はやってこない。「やっぱり、左手がいなくてさびしいよ、帰り待ってる」もう一度、留守電に吹き込む。

 痛いほど、左手の気持ちが良く分かる。「どうせわたしなんかいなくても、一人でなんでもやっていけるんでしょう!」彼女はすねているのだ。なんでもかんでも右手に任せてしまうことに。時々、気を使って、左手を使うと、怒っていうことをきいてくれない。でも、いないとなるととても困る。考え事をしている時にいつも僕の意思とは関係なく、踊って慰めてくれる左手。それがないといいアイデアが浮かばないじゃないか。それに、左手じゃないとオナニーでイケないじゃないか。早く帰ってきてよ、左手。

 今日も左手を前にそんなことを考えて、話しかけている。小さい頃、僕は左利きだった。それを強制的に右利きに変えられた。最近、聞いた話だが、無理に利き手を変えようとすると、脳に異常が出ることがあるらしい。子供の場合は、どもったり、言葉の覚えが悪いなど、悪影響があるというのだ。ふ~ん怖いね。僕はそういうのがなくてよかったと思っていたのだが、最近、両親に訊いてみたところ、いろいろ不審な点がでてきた。当時、右利きに変えようとする段階で、僕は少しどもったらしい。それから、左手では正しい字を書くのだが、右手で書くと、文字の左右を鏡に映したときのように反転させて書いたらしい。そう言われるとだんだんその時の気持ちがよみがえってきた。右手がまったく言うことを利いてくれず、そう感じ始めると、思い通りどころか、腕が上がらなくなったり、指が勝手に痙攣したりして怖い思いをした記憶がある。

c0045997_23351611.jpg ちょうど、その頃から、僕は自分の手に顔を書いて、話しかけるという癖、癖というか、遊びをするようになった。それは時々、今でもしている。右手の人差し指の横に目と鼻と上唇を書き、親指に下唇を書く。それで口をパクパクさせて会話をする。右手と左手と僕の三人でいろいろと話し合う。昔、母はそれを見て僕がおかしくなったと思ったそうだ。でも、何度も言っていますが、それは今でもしているんだよ、母さん。あの頃はおかしかったと、その話を引き合いに出すのはやめてくれませんか。

 親を責めるわけではない、そういう時代だったのだ。もしかしたら今でもそうなもかもしれない。すべてのものは右利き用に作られているし、「right」は正しいという意味を持ち、LEFTを使ったout in left fieldでは「頭がおかしい」という意味になる。しかしだ、僕は左から右に変わる過程で頭がおかしくなったのかもしれないのだ。いまだに僕は「右!」と言われて、とっさにどちらが右なのか答えられない。手でちょきをつくり、箸を持つフリをしないといけない。そのせいで、今まで何度か視力を1.0にされたことがある。いちいち「右です。いや、左、左です!」「左!あ、右でした」とか言い直さないといけないからだ。よく考えると影響は少なくない。

 しかし、最近になって、もしかしたら、それが良かったのかもしれないと思うことがある。一般に、左利きは感覚的で、右利きは論理的と言われている。僕はもともと左利きだったためか、美術が得意で美術の道をすすんだ。しかし、同時にとても論理的で、高校は美術科を選ぶか、情報処理を選ぶか迷った。現在はデザインの仕事をしているが、同時に、スクリプトを使って複雑なプログラムを組む作業も行っている。これは左右同時にどちらの脳も使いこなせなくてはならない。美術関係の仕事に就いた友人たちには真似のできない芸当ではないかと思う。そのことで非常に得をしたことは多い。

 しかし、一方で、とても怖いこともある。それは日によって傾向があるということだ。論理的な日と感覚的な日が別々に存在するということ。僕はそれをして「右の日」「左の日」と呼んでいる。稀に、どちらも使える「冴えてる日」というのもある。しかし、恐ろしいのは「バカの日」があるということ。この日ばかりは何をしても頭が働かない。言葉さえロクに出てこない。そんな時はよくめちゃくちゃな言葉を使ったり、言い間違えることが多い。それを人に指摘されることもある。そんな日は、自分は痴呆症じゃないかと真剣に怖くなることもある。

 そういう夜には、手に顔を書いて、話し合うことにしている。「君がいないと、僕はやっていけないよ。今夜もデザインの締め切りなんだ、お願いだから、もう一がんばりして、なんかいいアイデアをひねり出してはくれないか?」そうやってなだめすかしていると、「しょうがないわね、いい?わたしを見ていてね」と左手が踊り始める。すると、頭の中に映像が浮かび上がってくる。それを右手が忙しそうに記述し始める。そうやって、いつも僕らは左手に振り回されている。

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この日記は大阪で行われるイベント「A day」のブログとの連動企画です。
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by radiodays_coma13 | 2006-03-12 23:37 | 感覚について
夢を語らないことについて語る
 僕は「夢」という言葉が大嫌いです。こういう場で改めて言わなければ気が済まないほど嫌いです。TVで「夢はきっと叶うよ」と言っている芸能人をみるとちょっとした殺意を覚えます。TVに向かって「ぶぁ~かやろうがぁ~」と口走ってしまうくらいにその言葉が厭です。いや、多分、「夢」という言葉じゃなくて、「夢」という言葉に付きまとうそのポジティブシンキングが嫌いなんだと思う。なんだか薄っぺらい。そういう人に限って、口はいつも半開きで、目が上向いちゃって、頭から花が咲いていて、口から涎をたらしている人が多い。

 そもそも、本当に叶えたいのなら、夢なんて言わないはずだ。夢だったら困るんだから。夢なんて語る人に限って、自分の現実に不満がある人に違いない。「こうだったらいいな~」と言った後で「でも、夢だからね」とわざわざ言い訳をくっつけてくる。理想とか、希望とか、できないことは言わなくて良いのにさ。だから僕は約束事も嫌い。だって約束守れないんだもん。ふん。

 単純ポジティブな人々は人生のスパイスのうち、砂糖しか持っていない人なんじゃないか。あとで、幸せ肥満になって幸せ成人病にかかるね。それで、「うおぁ~、誰か幸せをくれぇ~」って幸せゾンビになるの。僕は心配することも不安になることも、悲しいことも、うらやんだり、ねたんだりすることも大好きだ。世界のみんなから、無視されているように感じながら街をトボトボ歩くのも楽しいし、突然、ヒゲ面の宇宙人にさらわれるんじゃないか、夜道をドキドキしながら歩くのもとても楽しい。いろんな味がする。様々な感情は、人生を美味しく食べるためのスパイスじゃないのか。じゃないとしたら、なんのために様々な感情が人々のために用意されたのかというお話だ。ロシアのなんたらという詩にこんなのがあった。
ひっそりと夏は去った
暖かいというだけでは淋しい
楽しい夢が叶えられるとしても
ただそれだけでは淋しい
善も悪も明るく燃え上がる
ただそれだけでは淋しい
生は私をやさしく包んでくれる
幸せというだけでは淋しい
葉は焼かれず枝も折られないで
さわやかというだけでは淋しい
 で、僕は将来「宇宙飛行詩人」になります。目的は大きい方がいいでしょ?何?矛盾してる?それは夢みたいなもんじゃないかって?してないですよ。ちゃんと努力してますから。いつか、世界初の宇宙飛行詩人とか言われて、宇宙でどんな詩が書けるのかの壮大な実験を遂行するのです。ガガーリンの「地球は青かった」を超える言葉を言いに行くのです。その為に日々、「テクノロジー詩人」の名を欲しいままにできるように、詩と科学の融合に取り組んでいます。いるはずです。

 宇宙詩人になるためにできることを考えるだけで、僕は眠れないくらい楽しい。たくさんやらなければいけないこともある。旅立ちの挨拶や、格好イイ手の振り方とか。鏡の前で練習したりね。もう夢なんかいらないわけですよ。現実だけで十分なわけですよ。現実が一番スリリングで楽しい。どんなゲームよりも。まず、行動あるのみ。道は繋がっているのだから、そこに一歩づつでも歩いていけばいいのだ。繋がってなければ、作ればいい。月に行きたいならロケットを作ろう。お腹が空いたらご飯を作ろう。それから、内緒の話し、失敗がなにより一番たのしい。

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この日記は大阪で行われるイベント「A day」のブログとの連動企画です。
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by radiodays_coma13 | 2006-03-09 01:35 | 考える