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言葉と文化
by radiodays_coma13
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ノストラダムスの彼方で
 今日、また、ひとつ歳をとりました。ハッピバースデートゥーミー。ハッピー?まあハッピー。不思議なことに。ありがたいことに。めぐりめぐってハッピー。もう34歳なの。でも、30歳になった年はひどくアンハッピーな気分だった。周りから「そういえばもう、今年で30じゃない?」なんて事を言われると俄かに不機嫌になったものだ。妻曰く「あの時のあなたはこの世の終わりのような顔をしていた」らしい。

 古い教育を受けてきたので男の30歳と言えば、それなにりに立身出世して、なにかひとつ事にうちこんでいるべきだと思ってきた。20歳はふ~らふらしていたが、少なくとも少年の僕は自分の30歳をはるか遠い真っ白な未来に自由な絵を書いていた。おりしも最も多感な小学生の頃、地元の神戸でポートピアというエキスポが開催された。港神戸の山の手のおぼっちゃま産まれの僕様(嘘、ホントはド下町育ち)は毎週のようにポートピアに遊びに行った。そこには眩暈するくらい、めくるめく未来の幻想があった。少年の頭の中には嫌がおにも輝かしい自身の未来像が形成された。それから、20年、現在とのギャップ。「あの未来イメージはなんだったんだ?」自分の境遇だけに落胆するのではない。僕らが夢見た未来はこれなのか?

 「どうやら誰かに騙されたらしい」そう気が付いた1994年。僕は当時、本気でノストラダムスの終末を信じていた。そんなバカげた!と今では思う。けど、誰もが一時、そういう終末的な気分に染まった頃がある。自分たちの向かっている未来が、どうやら理想の未来ではない。高度成長期も終り、バブルがはじけ、その時、おそらく、日本人の中の意識が大きく変化した。象徴的にオウムをはじめとする多くの新興宗教が登場し、「なんだか世の中へんね」と誰もが感じた。きっとなにかとんでもない事が起こってもおかしくないような、そんな感じ。その予感は震災やオウムのテロ、その後の神戸の少年事件となって具現化される。しかーし、世界は滅びなんかしなかったね。僕もちゃんと生き残ってしまった。「なんだか世の中へんね」という感触も払拭されないまま、ただ、その変な感じに人々はただ慣れていった。

 そして、29歳。そこにはグロテスクな現実と、なにものでもない自分だけが残った。おかしい、話が違う。そんなはずじゃない。焼けつくような不安感。それはもしかしたら、誰もが味わう20代的気分だっただけのかもしれない。なんだってできるはずだって思えた20代。光り輝く栄光へと開かれた巨大な鉄の扉が音をたててゆっくりと、しかし確かに閉じられてゆく。「まってくれー!」と転びながら必死になって走りつづける。なんてね、そんなものないのにね、そんなものが見えるんですよ20代って。社会全体が自分の敵だと思えたり、空は悲しい時に雨を降らしたり、軋むベッドの上で優しさを持ち寄ったり、愉快だね。とにかく、なんだかわからないけど、焦りまくった。そして、8月21日。30歳になったとたんに、急にあたりは嘘のように静かになった。へ?なんだったんだ?今までの騒ぎは?

 まるで大気圏を抜けて宇宙に飛び出したようにあたりは静かになり、頭も軽くなった。ある意味では諦めの境地なのかもしれない。虎の衣でしかなかった役立たずの万能感も雲散してしまった。今は堂々と「できないものはできません」と言い張れます。でも、なぜか、出来ることは増えた。反対に「出来ることは出来る」と言えるからだ。なーんだ、こんなことならもっと早く30歳になっとけばよかった。とにかく楽しくなければ自分で楽しくすればいいんだわ。そう、自分の環境に自分で責任がもてるのが30代。もう、社会が悪いのを時代のせいだとは思わなくなった。それはある意味では自分がつくる時代なのだから。政治が悪いのは政治家のせいじゃない。給料が悪いのは社長のせいじゃない。奥さんが怖いのは奥さんのせいじゃない。気に食わなければ気に食うようにすれば言いだけの話。

 やろうと思えば、人っていろいろとやれるものなのね。夢なんて思っている時はなんにもできなかったのにさ。いざ、30歳になって、夢と言うより前に手をつけちゃうと、それは現実になった。「ぶんぶく茶釜」みたいな話し。奇蹟を待つより、バスが来るのを待つより、歩いて行っちゃう。チャンスなんかいりません。運なんか信じません。バスなんか踏み潰してやる。そんなふうに開き直ってこの4年間。気が付いたら、驚くほど遠くに来ていた。本当に気が付いたらというのにふさわしい。30歳になったのが三ヶ月程前のことに思えるくらい。ちょっと怖いくらいに時間も体もものすごいスピードで過ぎて行った。早く動くと時間が歪むとアインシュタインさんは言ったらしいけれど、それはあながち間違いじゃないかもしれない。今度、誰かに教えてやろう。このままいけば、明日くらい60歳になっているような気がする。そんなわけないけどね。

 先日、仕事場の赤坂から徹夜空けの仕事帰り、タクシーに乗って高速道路から見える明け方の東京は都会的を絵に描いたようにとても美しかった。案外、僕の夢見た未来ってこんなのかもしれないと夢心地の中で思った。視線は高速道路を離陸し、ミニチュアルの街を見下ろす僕の巨大な顔。「ようは視点なのね」寝言のように呟いてみた。
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by radiodays_coma13 | 2005-08-22 01:43 | 考える
幽霊なんかいるもんか!
 夏なので幽霊の話。といっても幽霊の話が苦手な人でも多分大丈夫。というのも僕も幽霊が苦手で、幽霊なんか信じていないからだ。でも、困ったことにその僕は幽霊さんによく出くわす。そんな時、僕は迷わず幽霊を見なかったことにする。なぜなら、僕は幽霊がいない前提でモノを考え、幽霊がいないはずの世界に住んでいるので、幽霊にバッタリ出くわしてしまうと、いろいろと、とても困ったことになるからだ。でも、おそらく、幽霊さんたちもいないことにされてしまって困っているはずだろうと察する。そこらへん、幽霊さんも気を利かせて僕の前に現れないとか、バッタリ出くわしてしまっても、いないフリをしてくれればいいのにと思う。そうもいかないので、ちょっと会釈してから、いないことにさせてもらっている。「まま、そういうわけなので…」とか呟きながら。

 しかし、幽霊なんか信じていない僕なんであるけれど、環境的にはきわめて幽霊に恵まれている環境にある。というのも、ことごとく周りの人間にいわゆる霊能力というものが備わっている。もちろん、僕はそんなもの信じていない。彼らの中にいると、本当は自分の方が特別なんじゃないかと思ってくる。うちの父も、うちの兄も、うちの祖母も、みんな霊感持持ちだ。うちの母は霊感はもちろん、怪談をさせたら町内一のツワモノの呼び声高かった。うちの叔母さんなんか、沖縄でユタと呼ばれる存在だったりして。僕の友達も、僕の先生も、霊感が強くて、僕の元彼女は占い師をしていて、その次の彼女の知り合いは変な宗教の教祖さまをしていて。彼らとの日常会話は「今、そこに頭に斧がささった男の人の霊が通った」とか「あのトンボはおじさんだよ、お盆で里帰りしてるんだよ」とかホントに見えたらちょっと楽しそうな会話をしてくれる。

 僕曰く、彼らはとても想像力が豊かなんだと思う。幼い頃は僕も「そこに誰かが立っている」と言われたら、本当に暗闇のなかに誰かが立っているような気がして、振り向くことができなくなっていた。そんな僕をからかうように兄は、電気の点いていない子供部屋の階段を上がろうとする僕にいつも「三階に怨念ババアがおんねん」とか変な駄洒落をかましてくるのであった。しかし、それを言われた僕にはいつも暗闇の中に正座している怨念ババアの姿が見えていた。おそらく、幽霊に出くわすのは僕の想像力のなせる技である。しかし、本当の幽霊と言うのは想像とか妄想の類とは全く異なる。なんというか、彼らはちっとも幽霊らしくないそうだ。つまり、幽霊とは気がつかない。あとで、ああ、さっきのつり革に掴まってたあの人、幽霊だったね、という具合である。

 小学生の頃の夏休み、隣のおじさんが亡くなった。その次の日、父母の昼食の間、僕は独りで店番をしていた。すると、きっちりと正装した初老の男性が「お父さん、おられますか?」と尋ねてきた。僕は二階の父を呼びに行き、帰ってくると、そこにはもう誰もいなかった。「誰だった?」と尋ねる父に、ふっと僕の口から出てきた言葉は「隣のおじさん」。自分で答えてから「???」となった。なんで?それは明らかに隣のおじさんだったからである。もし、僕がその時にその理不尽に気がついたら、悲鳴のひとつでも上げたかもしれない。しかし、おじさんはあまりにも当たり前にそこに立っていて、当たり前に喋ってきた。だからこそ僕もああそうですかという具合に父を呼びに行ったわけだ。

 いいですか、幽霊なるものがいるとして、いや、いないと思いますが、例えばね、例えば。幽霊たるもの無闇に人を驚かせたり怖がらしたりしちゃいけない。だから僕は嫌いなんです。信じたくないんですよ。かまって欲しいんだったらもっとサービスしなきゃ。気の利いたことのひとつでも言えなきゃダメですね。「やあ、今日も顔色がいいですね」とかさ。言えないから「暗い」とか言われて、いまいち人気者になれないんだな。なにか言いたい事があったら堂々と出てきて、理路整然と説明する義務があります。血がついていたら顔を洗ってくる。髪が濡れてきたらちゃんとドライヤーで乾かしてくる。めそめそと出てきた日には、目の前に正座させて、幽霊がどれくらいありえないかという説教を脚がしびれるまでしますからね。わかりましたか?よく覚えておくように。

 しかし、そんな僕もひとつだけ心配なことがある。僕がお陀仏した後、僕の親類や友人たちがなにかの間違いで僕をイタコかなにかに頼んで降霊した時、僕はどうすればいいんだろう。簡単に信念を曲げるわけにはいかないので、呼び出されたら僕は自分を自己否定しなきゃならなくなる。「僕はここにいません!」と言い張るしかないな。もしくは通りすがりの人のようにさりげなくその場をやり過ごそう。誰かに気付かれても知らんふりだ。僕も彼らに混じって「この人、変な人ですか?」という具合にイタコを見つめよう。バレてしまったかくなるうえは、声色を使って別人の霊のふりだ。「サトムネさんは、今、お留守です~」考えただけでゾッとする。そうならないように、今から幽霊をちょっとだけ信じておいた方が得策かもしれないと思っているこの頃である。
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by radiodays_coma13 | 2005-08-15 00:37 | 感覚について
犯罪的ファーストフードの食べ方について
 今夜、僕は一人、公園のブランコに跨って、缶ビールを飲みながら夜ご飯をすませた。夜に鳴く蝉の声はとても心地よかった。こういうのをセミ浴とでもいうんだろうか。

 昨日、僕をファーストフード店に誘おうとしてためらった人がいる。「Blogにも書いてありましたよね。サトムネさんはファーストフードを食べないって」そう言って、彼は他の店に僕を連れて行った。しかし、それは甚だしく間違っている。僕は確かにファーストフィードを心から憎んでいると書いた。もちろん、ファーストフード店に行っても僕が食べられるものはない。彼の選択は正しかった。しかし、僕はファーストフードを食べないなんてことは、ひ・と・こ・とも書いていない。正しく言い直せば、一月に一度、猛烈にファーストフードが食べたくなる。そして、そういう時は、今夜のように一人隠れてケンタッキーフライドチキンをむさぼることになる。「むさぼる」というのが正しい。ファーストフードなんてチンケなものをどうしてお行儀良く食べなきゃならんのだ。ファーストフードの正しい食べ方は恥じながら食べることである。

 いや、もっと犯罪的なものであって欲しい。そうね、例えば、ファーストフードが国家的に禁じられ、闇ルートからホカホカのフライドチキンを手に入れたというシチュエーションだ。僕は「ファーストフードやめますか、それとも人間やめますか」なんてキャッチコピーに激しくうなづき、TVの前では「ファーストフードなんて食う奴は人間の屑だ!」とか説教する善良な市民のフリをしている。しかし、実際には一月に一度、ファーストフード禁断症状に耐えかねて、高額な価格でファーストフードを手に入れ、家族に隠れて押入れでファーストフードを食べる。その時の食べ方はやっぱり「むさぼる」がふさわしいだろう。顔中、油で汚しながらふがふが食らいつき、最後には指をベロベロしゃぶったりして。「むさぼる」あなたもそう思うでしょう?

 人間は良いことばかりでは生きていけない。とにかく矛盾を抱えている。どう上手く矛盾を抱えるかがより良く生きる最大の課題であると僕は思うのであります。宗教にとっても悪をどう捉えるかが、もっともその宗教を大きく左右する問題である。悪を完全に排除しようとする宗教は、他の社会とは上手くやっていけない。イスラムやオウムしかりである。僕はだから、時々、体に悪い事がしたくなる。これは、自分の中に悪を抱え、より良く生きる方法である!人間は自分の中に小さな悪を抱えた方がよろしい。僕なんか「一日一悪」を日々遂行している。朝、会社に出かける前に妻の靴の左右を入れ替えるとか、人に嘘の知識を教えるとか。今日は「ハムスターは前世紀初め、化石のみを残し絶滅したと考えられていた。しかし、スペイン宣教師が1921年、ある南米の農家に代々伝わる愛玩動物としてハムスターを発見した。現在、生存しているハムスターは全てこの血族を受け継いでいる」という嘘をついた。その人はいたくその嘘に感動し、疑うことなく早々他の人にその嘘を広めていた。一日一悪をすると実に気持ちがいい。心の健康を実感することができる。そして、僕は体に悪いものを一月に一度、食べ、体の健康を実感している。素晴らしい!

 体に悪いものを食べると後でとても気持ち悪くなる。ベトナムの蒸留酒に「メコンウイスキー」というのがある。これが実に粗悪で、お酒というよりもケミカルなアルコールの味をさせる。そいつをこれまた最悪なコカ・コーラを割ると「メコンコーク」という悪名高いカクテールが出来上がる。こいつを2~3杯やると、耳から上がよく切れる刀でスッパリ斬ったように感覚がなくなる。脳みそを失くした感覚というのは一言でいうとかなり気持ちがいい。全てから開放されたような気分になる。「すずしい」という言葉がなぜかぴったりくる。しかし、その直後、メコンコークという名前の響きにふさわしく、気分がメコンと滅入ってしまう。翌日には百発百中後悔することになる。上下から水分を出しつくし、手が震えて箸もろくにつかめない。しかし、午後になりメコンコークのひどい二日酔いがさめると、実にすがすがしい状態がやってくる。唐突に底抜けな空腹が襲い掛かる。これはもう笑いが出るくらい空腹だ。なにを見ても、何を食べても美味しい。こういうのは健康な時には絶対に気が付かない。体があり、それを維持し、それが自分の言うとおりに動くというだけで幸せに感じることができるのだ。そして、この体を精一杯大事にしてやろうと肝に銘じることになる。

 そういうわけで、僕は今日も、フライドチキンを食べ、その油で少し気分が悪くなった。ブランコを揺らすと、目が回った。そのまま地面にへたりこんだが、手に付いた油のせいで、砂がまとわりついて、それがとても不快だった。さきほどまで心地よかったセミの声がとても悪意あるものにきこえた。世界中のセミを撲滅してやりたい気分になった。皆さん健康は本当に大切ですよ。心と体の健康を保つためにも、時には体を鞭打ちましょう。一日一悪、時には体に悪いこともしてあげましょう!と…そんなことは口が裂けても言いません。ヘリクツですよ。ただのヘリクツ。またこんなにも嫌っているファーストフードを食べてしまって、激しく後悔しているだけなんです。なんか自分に言い訳できないかな…と。
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by radiodays_coma13 | 2005-08-09 01:12 | 食べる事と飲む事
蝉の恩返し
 暑いですなぁ。もう、本当に蝉も満開ですよ。先日、会社の帰り道、駅から自宅に帰る道すがら、いつも通る公園でのこと。少し風の強い日だった。小雨もぱらついており、帰りを急ぐ僕の足元に突然、一匹の蝉の蛹が降ってきた。危うく踏みつけそうになるところを留まり、驚いてその場に立ち止まっていた。推測するに、誰だってそういうのはあまり気持ちのいいものではない。目の前にいきなり、得体の知れないものが現われ、ぎゅるぎゅる蠢いているのである。普段なら、くわばらくわばらと腕をさすりながらその場を去っていっただろう。けれど、薄暗がりの中で裏向きになってもがいているその存在は、妙に艶かしく物悲しげに見えた。なんというか、とても人肌の質感に似ていた。その腹と手足をばたつかせ、自力で元の姿勢に戻れず、もがいている。

 にわかに想像がふくらんでしまう。朝のラッシュ、通勤電車を待つ行列に並んでいると、誰かが走りこんできて、自分に衝突する。その反動で、バタンと仰向けに転んでしまう。すぐさま起き上がろうとするが、起き上がれない、もがいてももがいても仰向けの姿勢を崩すことができない。誰も起こしてくれない。誰かの足にすがる。しかし、その足が腕を振り切り、反動で僕をホームから転落させてしまう。そこに電車が近づいてくる。起き上がれない。わぁ!自分の妄想に冷や汗をかく。…目の前で蝉がもがいている。

 意を決して、蝉を指でつまみ上げ、木の幹に止まらせようとする。が、次の瞬間、手の中で彼が暴れる。驚いて落っことしてしまう。いや、違う、恐怖だな。「生きてる!」当たり前なんだけど、ものすごく怖かった。ミミズが這ったような痺れが背筋を走る。でも、こうなったら、放り出せないよね。ほっぽり出して逃げ出したかったけど、そんなことしたら、きっと蝉に「なんでやねん」と突っ込みを入れられる。一度、関わってしまったのだ。再度挑戦。こんどはうまくいった。手の中に、彼のなんともいえない柔らかい感触が焼きついてしまう。

 今度こそ、くわばらくわばら、腕をさすってその場を立ち去ろうと、顔を上げると、歩道の上にゴロゴロと蝉の蛹が転がってもがいているではないか。やれやれ…。「やりかけた仕事を途中で放りだして逃げるのかね」頭の中で声がする。今まで放りだしてきたことの数々が頭によぎる。なにも今こんなところで思い出すこともないだろうにと思うのだが、思い出したものはしょうがない。ひゃあひゃあ女の子みたいな悲鳴を上げながら、一匹づつ蝉を木に戻してゆく。背筋の痺れは、ついに脊髄を登ってゆき頭のテッペンまで到達する。僕はあらかじめ蛹を木に戻すとブルブル震えながら、あわててその場を離れた。

 その夜、頭の芯に到達した痺れが抜け切れず、眠れないまま妄想とも悪夢ともいえぬアイデアに悩まされる。「蝉の恩返し」である。でも、彼らがうまく人間に化けて出てくるとは想像しがたい。蝉のまま恩返しに来られるのも相当に嫌だが、半人半虫の姿だけはやめて欲しい。想像するだけでおぞましい。イメージではちょうどバルタン星人みたいな奴だ。そいつらが僕の助けた数だけやって来て、部屋の中で「フォッフォッフォッフォ」と愉快に騒ぎ出すのである。

 いや、万が一、彼らがうまく人間の姿に化けられたとしても、全員、美しい女性とは限らない。僕の部屋は、男女入り乱れてのラッシュアワーの満員電車状態である。そして、忘れてはいけない。例え、彼らが最大限に気を利かせて美女に化けおおせたとしても、彼らは蝉である。これが実にうるさい!例え美女でも、例えば上沼恵美子さんと松野明美さんと久本雅美さんがTVナイズなやかましさでやって来るのである。しかも大群で。これはとてもムーディーとは言いがたい。その夜はなかなか寝付かれなかった…。

 次の日、会社の帰り道。僕は本当の蝉の恩返しに出くわす。薄暗い茂みの中で白く光るもの。見ると、それは蝉の脱皮のまさしくその瞬間だった。それは昨日のグロテスクな艶かしさではなく、神々しいまでの白。青白く闇の中で光を発している。それが本当にゆっくりゆっくりと大事そうに、皮を脱ぎ捨ててゆく。脚をシンメトリーにとても機能的に動かしながら。まるで、よく出来たコンテンポラリーダンスでも見ているようだった。僕は息をするのも忘れて、それに見惚れた。

 と、その時、目の前を白いものがよぎる。他の蝉が脱皮の途中段階で抜け殻から落下したのだ。まだ、羽も伸びきっていない青白い蝉。彼は落下した後も必死に松の木に戻ろうと、力いっぱいもがいている。ようやく幹の下までたどり着こうとしたところで、松の落ち葉の尖った針が彼の柔らかい羽を捕らえる。彼の肢が全力を振り絞ったように震える。その時、彼の柔らかい羽に大きな穴があいた。しかし、なんとか針から抜け出し、彼は幹に辿り着く。不思議な事に今度は、僕は彼を助ける気分にはならなかった。何故だろう。都合の良い善意なんである。でも何故だか、今度はそうすることが不適切であるように思われたのだ。理由はよく分からない。一言だけ頭に浮かんだのは、説明にはならないが「彼は戦っているんだ」という言葉。

 ふと頭上を見上げると、今まで気がつかなかったが、木の幹や葉や枝から無数の青白いセミたちがぶらさがっていた。白い光を発して、まるでクリスマスツリーである。胸にあついものがこみ上げてくる。そうだ、これと同じ感覚になった事がある。今から息をひきとろうという人を看取る時に感じたものと同じだ。その人の呼吸は長い時間かけて、だんだんと薄くなってゆき、最後に一度、のけぞるほど大きく息を吸い込み、その息を大切そうにゆっくりと吐き出して、吐き出して、残る息を「ふぅ」と疲れたように吐き出しきると、そのまま死んでしまった。その時と同じ。なぜだろう。僕は普段、こんなにも生きているものたちに囲まれているのに、その生きている感触というのを実感することなんてない。なのに、どうして今、蝉の脱皮を見てその感覚におののいているのだろう。
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 脱皮の瞬間、おそらく彼らにとって、今が人生の一番クライマックスの瞬間ではなかろうか。6年、10年、長いもので20年も地下の中で眠り暮らしてきて、ついにこの日がきて、地上に繰り出し、彼らの地上での熱くて短い数日が始まる。その始まりの儀式。その時、彼らは一番脆くて弱い存在になる。こんなところでダメになってたまるものか!と懸命な彼らの震える肢はそう言っているように見える。なんのために何年間も耐え続けてきたのだ。運良く成虫になった者たちはあらん限りの声で叫ぶことになる。その前段階。きっとこの時が彼らの一番のエクタシーだろう。矮小な喩えだけれど、大学を合格したときの喜びと、大学生活の差である。そう言えば、通過儀礼の恐怖と喜びが伝わるだろうか?

 とても荘厳な数十分だった。どんな神秘体験よりも神秘的だった。UFOなんか、これに比べると、蝉にオシッコを引っ掛けられくらいの、ちょっと誰かに言いたくなるくらいの珍しさの体験にすぎない。ありがとうありがとうと心の中で言いながら、僕は内心、これでセミの恩返しが終わってくれればいいなと思うのでした。もしかしたら、この夏のセミをちょっとだけうるさくすることに貢献したかもしれない真夏の夜の出来事でした。おしまい。
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by radiodays_coma13 | 2005-08-06 23:55 | くだらないこと