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言葉と文化
by radiodays_coma13
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カテゴリ:くだらないこと( 29 )
息子の仕事
三歳の息子が作曲を始めた。

最近の新曲。
ヘビーローテーション

「♪おんなのこは~
おんなのこは~
泣いたらダッコして~
泣かなかったらダッコしない~

泣かなかったら遊ぼうね~
夜遅くまで遊ぼうね~
おやつには時間がかかるけど
夜遅くまで遊ぼうね~♪」

きっと天才。



三歳の息子が一発ギャクを始めた。

最近の新ネタ

素っ裸にジャンパーを巻いてポーズ
仕事場で仕事をする僕の前にさっそうと現れる。

「スーパーあーちゃん来ましたっ!!
でも、なんにもできませ~ん!
遊ぶこともできませ~ん!」

がっくりしてすごすごと退場。

きっと天才。
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by radiodays_coma13 | 2009-11-08 23:15 | くだらないこと
いい加減な男
昔からいい加減な男と言われてまいりました。

そう言われ続けると自分でもなんだか、それがまんざらでもなくなってくるのだから不思議なものです。どうかするとそれがホメ言葉だと勘違いしてしまう有様。


でも、やっぱりこれはなかなかいただけない面も多い。まず、責任ある仕事を任せてもらえない。


「ハイ!大丈夫です!」と元気良く答えても
「なんだかなぁ、信用できないなぁ」なんて言われて、
アルバイトでもなんでも、僕より後に入ってきた人に先に大きな仕事を任されたり、年下に顎で使われたり。


でも、生まれついてのバカなので、これが全然気にならなかった。でも、どこかで一生、出世しないんだろうなとタカをくくってたのですが、一人の人との出会いが僕を「いい加減」から「よい加減」に変えてくれた。


その人は僕の人生の支障、もとい師匠であります。いい加減でも世の中を渡ってゆけるのだと教えてくれた人。会社の社長にも関わらず「ちんぽちんぽ~」と元気よく出勤時間を大幅に遅刻してやってきては、仕事がヤダヤダとぐずるのであります。


決してナマケモノの社長なのではなく、ちょうど具合のいい仕事をする人だった。一言でいえば、センスがいい。僕はその人に憧れて、その会社で働くようになった。そして、その人だけは僕に責任のある仕事を任せてくれた。


その師匠が僕に 「いい加減はよい加減だよ」 ということを教えてくれた。 「ちょうどいいというのはマジメな人にはすごく難しいことなのだ」 と。とても気が楽になった。


現在、どういうわけか、色々な場面で、人をまとめる役割をすることが増えた。そんなとき、僕はいつも「いい加減」であることを心がけている。万が一にでも「頼りがいのある人」なんてレッテルを貼られないように。


「頼りない人」でいると得することが多い。・油断してもらえる(話しやすくなる)。反面、・仕事では油断できないと思わせる(しっかりしてもらえる)。・バカにされる(気が楽だ。あと本音がきけちゃう)。


第一、人をコントロールなんて出来るものではない。ぎゃんぎゃん怒る上司というのを見かけることがあるけれど、偉そうにレーニンのように恐怖政治をひいても、きっとそこからよい仕事は生まれてこないのだ、ハラーショ!


できることは、モチベーションをあげること。ここだな、という要点でほめればいいだけじゃないかしら。それはもう素直に賞賛する。「すごいね」「いいアイデアだね」「まいりました」


これが最善だとは思わないけど、なぜか、損をすることはない。気が付いたらいい仕事がぼくのところに回ってくる。これはオススメします。


「いいかげん」に因んで、本日は久しぶりにFLASH作品を公開したいと思います。テキストを作ったのは数年前になるのですが、一度きり舞台で演じたきり、塩漬けにしておりました。


お題は「いい加減な男」。これを作った頃、僕は東京に来たばかりで、仕事もなく、日がな一日、風呂につかって本ばかり読んでいました。しまいには、お風呂のつかりすぎで、体にカビの一種が生えて、皮膚科に通うことになりました。これは本当の話です。


ちょっぴり講談テイストなこの作品、物語形式で、聴きやすくなっているはずです。詩の朗読が初めてという人も、ヘンな先入観を持たずにトライしていただけると幸いです。


これには実は参考にしたお話があります。 「地獄の四人」 という昔話です。どんな話かは、きいてのお楽しみ。知ってる人はなんとなく思い出すはずです。この話、ちょうど今時期にふさわしく、お盆のお話しであります(怪談ではないのでご安心を)。
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ではでは、「いい加減な男」の話、いってらっしゃいみてらっしゃい。パンパン!

 『いい加減な男』 
(音声中心の作品です。)
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by radiodays_coma13 | 2006-08-19 23:21 | くだらないこと
もうがんばらない
最近、忙しい。

もう、はばかることなく忙しいという言葉を使ってもいいと思う。以前は週三回スポーツクラブに行き、週1回カラオケBOXに行って思い存分、詩を朗読し、週二回、美味しい和菓子屋さんを探しに旅に出て、毎日、1時間ほどゆっくりお風呂に入って、ゆっくり歯を磨き、1時間ほどベッドで読書をしていた。

それでも、僕は毎日、「忙しい」を連呼していた。それは嘘でした。本当は忙しくなんかありませんでした。多分、現代人らしく、忙しいフリをしていたんだです。



本当に忙しくなると、スポーツクラブには週に一回しか行けないし、詩の朗読もしていない。和菓子もスーパーで済ませているし、本を持ったらヤワラちゃんに袈裟固めしてもらうくらい、ぽっくり眠たくなるし、ゆっくり歯も磨いていない。

「ほんとうに!」
やるべきことでいっぱいなのだ。大軍に攻められて篭城しているお殿様の心境である。せめて、料理だけでも!と風前のともし火を守り抜いてなんとか正気を保っている。



これではいかん!

いくら月額が3桁の稼ぎをそれで得たとしても、なにも豊かじゃない。ようやく気が付いた。尊敬するアーティストから、家庭をまず守ることの大切さを謳うメールが届いた。なによりも大切なのは家族。そして、人とのつながり。良いものを作るのは相手がいてはじめてできることなんですね。



僕は今年、ついにパパになる。


不思議なもので、去年、家を買ってから、生活の環境がガラリと変わった。子供を授かった、責任ある仕事を任せられた、人をまとめるような役割が増えてきた、贅肉がも増えた。

30歳までの僕は「いかにもスチャラカ」と誰からも賛辞を送られる存在だったのに。お腹周りのお肉も増えたせいか歳相応に「ふてぶてしく頼りがいのあるナイスガイ」になったようです。


でも、すこし頑張りすぎたようです。

明日からは頑張りません。もう、全然、頑張りません。今まで、ちょこっといろんなことを気負っていたような気がします。歳相応の自分をモットーにしたこの一年間でした。歳相応の仕事、歳相応の責任感、歳相応の財力、歳相応のダンディ。

でも、飽きちゃいました。

お父さんになるにあたり、世界一素直なパパになることに決めました。ここに、赤ちゃんとママのオッパイを奪い合うことを誓います。

「起きぬけのママのミルクは渡さねぇ!」

でね、今まで、ブログでの日記もかなり気負っていたので、ちょっと肩の力を抜いて、おちんちんをぶらんぶらんさせながら書こうかなと思う次第なので、これを期にmixiでの日記に切り替えました。当分はblogと同じ内容になるかと思いますが、そんなこと気にもしてません。

なぜならおちんちんぶらんぶらんだからです。

おちんちんぶらんぶらんなナイスガイだからです。

すこし、このフレーズが気に入った次第です。
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by radiodays_coma13 | 2006-07-24 00:18 | くだらないこと
兵隊さんはかわいそうだね、トッテチッテタ
 僕はどちらかというと高尚な人間なので、芸能人にはあまり興味がない。「キャー、つまぶきく~ん」というふうにはならない。ましてや、アイドルの女の子にはもっと興味がない。なんというか臭そうやし。ハイ、すごい偏見です。もう、僕の芸能人を見る目は冷酷そのものです。「鼻の頭に脂汗をかきそう」とか「頭洗わなさそう」とかいわれのない批判をします。きっと、それを知るとたくさんの女友達をなくしてしまいそうですが、どうやらそれは芸能人だけに向けられる感情らしく、どのような心の傷が僕をそうさせてしまったかは謎です。舞台の仕事である女優さんにひどい一面をみせられ、こっぴどくいじめられたなんて口が裂けてもいえません。

 しかし、その中で一人だけ僕の好きな女性芸能人がいます。いや、僕にとっては芸能人ではなく、天気のいい日曜日に会って、30分ほど何気なくお話しをしたいというような相手なのです。そう、まったく距離を感じない。そのお相手は、HANAさんです。「好きな女性のタイプは?」ときかれると、僕が言える唯一の誰もが知っているだろう女性です。しかし、これがなかなか男性には不評です。今まで「おお~俺もHANAが好きだよ!」と手を取り喜び合える男に出会ったことはありません。その代わりというか、なかなか女性には評判がよいようです。なぜか「いいセンスしてるねぇ」ということになる。しかし、なぜ、そうなるのか謎です。

 だがしかし、この世に、僕がHANAを好きということを快く思わない人がいます。それはうちの奥さまです。自分は「サッカーの宮本くん、カッコヨイ」とか「レミオロメンのなんとか君、いい!」とかさんざん言うくせに、なんだよ!。奥さん曰く「HANA以外ならいい」と言うのです。理由を尋ねると「HANAはなんかリアル過ぎ」。「なんか、ありえる」ってありえないよ!そんな奥さんは最近、HANAが出ているオルビス化粧品の宣伝がTVで流れると、僕の前に立ちはだかり見せてくれない。そして、あろうことか「オーファイブオー、オファイブオー」という所で「ほら、HANAがおっぱいぼーんおっぱいぼーんって言ってるよ、やらしい女!」と言いがかりをつけてくる。しかしだ、妻よ。HANAが好きなのも、少しあなたに似ているからなんだがね…。

男性が他の女性にまったく興味がなくなるというのはどうなんでしょう?僕は少し違うかなと思うのですが。男性にとって性はかなり、グロテスクで不気味な相手です。でも、それが自分の中にいるんです。そいつが自分を暴走も破綻もさせるし、時にはそれは核のように圧倒的な原動力にもなる。そいつの扱い次第で、男の人生は大きく左右されてしまう。男の人生の大半はこのもうひとつの人格をどのように克服し、上手く付き合っていくかということがテーマになるといって過言ではないでしょう。かといって、そいつがいなくなると、魅力のないしょぼくれた人間になったりしてね。僕の場合、自分の変態性の解放というところで、ひとまず奴との和解をしました。もう、それを認めないでいる間は、いつ犯罪者になってもおかしくないようなアンビバレンスな状態だったと思います。自分の性欲の暴走に耐え切れず、街中でガマンできなくなって、ビジネスビルのトイレで腕時計をおかずにオナニーしたことがあるくらいです。「秒針が長針を追い越すよぉぉ」とか言いながらね。

 とある女友人が「結婚しても恋はしなきゃね」なんて悠長なことを言っていましたが、それは綺麗事です。あなたも結婚したら、そんな気持ちは女性の夜中の眉毛くらいにきれいさっぱりなくなります。かといってこの世の全女性の顔にマルコビッチの穴みたいに、全部、妻の顔を当てはめることはできません。それなら、僕は腕時計でオナニーします。つまり、「性」という物差しで、気持ちを計ってはなりませんよ、ということです。いや、ちょっと違うな。性は原材料なんです。それをどう加工したかということね。性が原油なら、ただ燃やしたか、それを精製して、いろんなものを作ることもできる。そして、それはより高次な欲求へ。理想の形は公害の少ないリサイクル的利用方法です。あなたはどのような利用をしていますか?燃やしてるだけですか?もしくは女性は燃やされてるだけなんてことありません?

 でも、動物たちは直球勝負なんですよね。「好きだ!」とはいわず「やらせろ!」と行動あるのみ。メスの前でオスがやらせろダンスを踊る。「やっらせ~ろ、やらせ~ろ♪」。その横っちょから「くわせろ~!」のワニに食べられたりしてね。生き物はほんとうにかなしいね。そういう意味では性に暴走させられる男子は生き物としてはかわいらしいと僕は思うのです。どうして、そこまで、やるんですか?と問い詰めたくなる。彼らを捕獲して、観察してみたいものです。

 関係のない話かもしれませんが、先日、雨の日に会社から自転車で帰ったんです。僕はね、それが大好きなんです。雨に濡れるとね興奮するんです。今、「濡れる」という部分で感覚的なエロスを想像した人は大間違いですよ。僕は雨がそこにあるものをすべて包むから好きなんです。雨に濡れていると、そこにあるもの全て、木や地面や人やいろんなものとなんだか仲良くなったような気がするんです。「一体化」というありがちな言葉でもいいです。祭りを感じるんですね。だから、僕にとっては雨はちっとも悲しげじゃない。昔から雨が降ると、外に飛び出したくて仕方なくなります。僕にとってのエロスです。

 で、その夜も「ほっほ~い」とか言いながら雨の中飛ばしていたら、濠のある坂道になにやら無数の黒い物体。自転車で踏み潰しそうになりながら良く見ると、なんとそれは全部カエルくんたちでした。カエルくんたちがわきわきと道路を横断して、高速を横断して、道にはいずりだしているのです。しかも、10センチ以上の大きなカエル。さながら、カエル軍の行進です。しかし、無残にも、敵の巨大戦車にひき潰されるカエルたち。悲しいです。悲しすぎます。なんの目的があってそんな負け戦をするのでしょうか?それはきっとやはり性と書いて「サガ」です。僕は思わず興奮して自転車から降りて彼らを応援していました。「兵隊さん、すっすめー!すっすめー!」。それだけじゃ、あんまり盛り上がらないので、体の重たいドンくさい彼らに、近くに咲いてあったツツジを逆さまにして片っ端から彼らの頭に被せていってあげました。これで、兵隊さんらしくなりました。「兵隊さん、すっすめー!すっすめー!」彼らがよりたくさんの子宝に恵まれますように。
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by radiodays_coma13 | 2006-05-31 01:34 | くだらないこと
「男」の悲劇
 今からするのは、「まあ、お下劣ね」というような話しなので、好みでない方は遠慮した方がよいかもしれません。なんというか、言いにくいんですけど、ほら、アレの話し、男の人のあの大事な部分、♪丸かいて丸かいて、お豆に芽が出て~、ペニスの話し。あれって、どういうふうに言えば、一番、やらしくないんでしょうか?〇で隠すと、余計にやらしくなったりしますよね。「ち〇ぽ」とか、でも〇で隠すだけでも、いろいろなものが勝手にやらしくなっちゃいますね。「お〇ち」「おで〇」。

c0045997_1954459.jpg 隠すからいけないんですよね。服装文化論から言えば、隠すことは強調するということ。ブラジャーにしても本当に隠す意味があるなら、レース編んだり、フリフリつけたりしなくてもいいからね。例えば、ある文化で、鼻を隠す「鼻隠し」なるものが存在すれば、そこに特別な意味が発生してしまう。男どもはその「鼻隠し」が風にヒラヒラ揺れるたびに興奮しなければいけなくなるというわけ。ドアノブや机の脚やティッシュの箱や電話の受話器に下着みたいなのをつけているのを見かけたことがありますが、ああいうのは、上品というよりも実は背後にはある種の淫靡なセクシャリティが潜んでいる。関係ないですけれど、僕が前に勤めていた職場の朝の挨拶は「ちんぽ!」でした。嘘ではありません。まず、社長が「ちんぽ~」と登場し、部下一同「ちんぽ!」と元気に返します。もう、お互い隠すことのない明るい、なかなか健康的な会社でした。

 で、ちんちんの話しに戻します。これから話すのは壮大な「おちんちんの悲劇」です。昨日ね、ちんちんの皮をね、ジッパーではさんじゃいました。これね、男性なら、絶対経験あると思います。痛いんですよね。でも、大体の場合は、「あいっ!おっと!」という具合に挟みきる寸でのところで止めるわけです。しかし、昨日の僕は本番前で、何事か考え事をしながら、最後に、気合を入れる意味で「よっしゃー」と勢い良くジッパーをあげたところ「あいっ!おっと!」と止めるどころか「あいっ!うえっ!おおおおっ!おえええっ!」と最後まで挟みきり、今度はそのジッパーを降ろすことが出来なくなった。数分間、トイレの中でもだえ、本番前の気合以上の気合を入れて、「むごごごご!」とようやくちんちんを開放してあげることができました。

 しかし悲劇はこれからだったんです。自宅に帰って、トランクス一枚で作業していてなにげなくおちんちんを見てみると、はさまれたところに、血豆ができていたんです。あ~あとか言いながら、それを爪できゅっと潰し、作業に戻って、再び、下に目をやると、パンツに赤い染み。おそるおそるパンツをズラしてみると、ちんちん血まみれ。どうしようかと考えあぐねていると、そこに妻の足音、作業をせずにオナニーをしていたと思われるのがいやなので慌ててパンツを上げて、何気なく作業をしているフリ。しかし、みるみるパンツの染みは赤く広がってゆく。旦那がパソコンに向かって作業しながら、パンツを真っ赤にしているのもなかなかシュールなので、覚悟を決めて立ち上がり「はじまっちゃったみたい」とはにかんでみせるのだが、妻は僕の体を張った渾身のボケに一片の微笑みもくれず、一度、クラッとのけぞり、おもいっきり頭突き…。

 ちんちんって血がでたらなかなか止まらないんですよ。気をつけてください。僕はこれまで、何度かちんちん大流血事件を起こしている。一度は小学生の頃、風呂場の排水口にちんちんを吸い込まれた時。入浴中に排水栓を外し、ちんちんを近づけると、勢い良く、はたはたとちんちんがそよぐのが面白く、近づけすぎたら、しゅるしゅるしゅぽっとチンチンがはまってしまった。あの時はちんちんは痛いし、溺れて息が出来ないし、死ぬかと思った。もう一度は畑にダイビング、ちんちん串刺し事件。刈り込んだ笹が袋に直撃、咄嗟に袋が破れた!と思った。怖くて見ることが出来きず。泣きながら「玉がこぼれたー」「玉がこぼれたー」と家に帰った記憶がある。無事だったんだけどね。で、これで三度目だ。

 妻に散々、バカ呼ばわりされながら、その後、ちんちんに赤ちんを塗ってもらい、あまりの痛さに「ちんちんが火事だー」とふりちんで走り回り、そこに耐水絆創膏を貼り付けられた。それでも、なかなか血が止まらず、布団が汚れると困るという理由で、パンツにナプキンを貼り付けられてしまった。しかし、悲劇はまだまだ終わらなかった。翌朝、すっかりちんちん流血事件のことなんか忘れてそのまま、外にお買い物に出かけたのが運の尽きだった。

 池袋の駅前を歩いていると、ふと、足元に違和感。いやな予感がして、見下ろすと、ズボンの裾からちょっぴり血のついたナプキンが「コンニチワ」している。そもそも男性のトランクスはナプキンをつけることに秀でてはいない。歩いているとヒラヒラするので、こすれて外れてしまったのだろう。まいった。どうしよう。今の自分が周囲からどのように見えているかを冷静に分析し、一番、ダメージの少ないのを演じることにしよう。①変態ナプキンマニア。②男にみえるけど実は女。③ナプキンの開発研究者の使用テスト。しかし、どれであれ状況はかなり衝撃的だ。仕方なく③を選択し、ナプキンの心地を観念的に追及するような出来るだけ難しい顔をして早足で歩く。なのだが、上手い具合にナプキンの粘着がきいて、「コンニチワ」のまま裾にへばりついている。足をバタバタして、ナプキンを振り落とそうとするも、余計に目立ってしまう虚しい結果。

 ダメだ、このままでは、非常に目立ってしまう。バタっと立ち止まり、片足で、裾を踏んづけナプキンごと隠す。誰も見ていないだろうタイミングを見計らって歩き出すが、なんと、今度は靴の裏にナプキンがくっついている!まずい、この場合、道端でうんこを踏んでしまった人よりもかなりカッコ悪い人なのではないか。どうすればいい?俺。①ナプキンを靴にくっつけて歩くのが趣味の人。②ナプキンを足にくっつけて歩くという凶悪な虐めに遭遇している人。③たまたまナプキンを踏んづけてくっつけて歩く、最悪にカッコ悪い人。仕方ない③しかない。「ハイハイ俺は哀れな男ですよ。皆、かっこ悪い俺を見るがいい」というような諦め顔で、やれやれと首をふり、靴の裏からナプキンをはがし、奇異の目で見つめられる中、それをポケットに入れて、そそくさとその場を立ち去った。

 しかし、この文章を書いている今、まるで皮膚と同化した絆創膏を、さて、どうやって剥がせばよいかということを考えて、また憂鬱になっている次第です。
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by radiodays_coma13 | 2006-05-21 19:06 | くだらないこと
恋の劇薬
 鬱だということを日記に書いた。鬱ということで思い出したが、鬱と恋煩いは似ているなぁと思う。その心地から、状態、ため息の方法論まで。なにもかもが似ている。果たして鬱が恋に似いているか、恋をするから欝なのか。そんなの考えるまでもなく鬱がただちょっと恋に似ているだけだ。でも、もしかしたら、多くの人の鬱が、実は気付かずに何かに恋しているのかもしれない…なんてふうに原因が分かれば楽なんだけどね、まったく、ふぅ。そう、このため息が恋煩いに似ている。

 で、恋煩いと鬱、どちらが辛いかというと、あるいは恋煩いの方が辛いかもしれん。では、恋煩いと鬱どっちがいい?と言われたら多くの人が恋煩いをとるのではないか。とすると、凄く画期的な鬱の治療法がこの世に誕生することになる。鬱を楽にしたければ恋を煩えばいいのだ!上手くいけば、鬱のことなんか忘れてしまうに違いない。でも、もしかしたらダブルパンチ、なんてこともあるかもしれない。それは僕の知ったこっちゃない。

 そもそもなんで鬱なんかあるわけ?なんのメリットがあるわけ?ダイエット?オシャレ?おしゃべりな人間を黙らせるため?ああ、それなら、一理あるなぁ。でも、鬱に理屈は通用しない。とにかく、ある日、背後からキリキリ鳥が飛んできて、頭の上の気分風船を突っついてぱぁん!といわせて去ってゆく、それだけなのだ。恋煩いの場合はホレホレ鳥が飛んできてぱぁんだ。恋と鬱なんてそれくらいの違いだ。キリキリかホレホレの差。へれへれやぎれぎれではなくて。

 まあ、僕なんかは始終何かに恋をしているわけであって、もう、恋の酸いも甘いも噛み分けた百戦錬磨の達人なわけですよ。女々しいフラれ方に関しては僕の右に出るものはいないんじゃないか!?って勢いですわよ。もう、毎朝、見事な恋のため息で目覚めるわけですよ。ふわぁぁぁぁ~ってね。でも、恋ばっかりは慣れるもんじゃなく、恋焦がれて、焦がれて焦がれて、もう黒焦げになってしまうかと思うくらい、辛い。正直辛い。

 しかし、その恋の中で鬱を凌いで辛いその理由というか、まさに恋の醍醐味といえるのが「嫉妬」です。これは劇薬です。嫉妬のエキスを抽出することに成功すれば、ものすごい兵器が作れることでしょう。おお、考えただけで怖い。どんな成人君子だって、それを一滴垂らせば、たちまち、想いの人の家の前でうろつくストーカーに大変身です。やがて、壁に頭を打ち付けて息絶えます。

 なんか、最近、コンビニでうろうろしていたら「♪ストーカーと呼ばないで~」って歌が聞こえてきて笑ってしまいました。僕は高校の時、付き合ったばかりの彼女と喧嘩して、その晩、自転車で8駅くらい飛ばして、その子の家の前で朝まで立っていたことがあります。なにがしたかったわけではありません。「心は離れ離れでも、二人の距離は近いさ、ふふふ」なんてことを思ったんでしょうか?実は、心理は嫉妬です。彼女の心が自分から離れているそのことを確認したかった。「心配」ではなく、いっそ、ここで娼婦のような姿の彼女が登場し、隣のクラスの山根くんと腕組みして出て行く姿が見たかったのかもしれん。それで、三文怪獣のような雄たけびを上げながら心を散り散りに砕きたいという願望。そう願望。嫉妬とはかようなものではないか。

 しかし、僕ってなんておしゃべりな鬱の人なんだろう。でも黙ると怖いのだ。出来ることなら誰かとしゃべり続けていたい。パンダのぬいぐるみのピーコちゃんもいい加減いやな顔をしている。そうだ、実践あるのみ。恋煩いと思ってため息をついてみよう。はふぅ、ひふぅ、まんざらでもないね。なんか、若いぞ自分っ!てな気分になってくる。こういう場合、できるだけ非リアルな存在を思い浮かべよう。じゃあ、なんだ、火星人のポレ子ちゃんてことにして、ため息をエンジョイしてみる。ここで、ふいにリアルに昔の恋を思い出した。とんでもない鬱状態。結果、恋煩いで鬱なんか忘れられないということが分かった。あおぉ、ダブルパンチじゃんか…。
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by radiodays_coma13 | 2006-04-06 02:13 | くだらないこと
iPodを買った
 最近ね、「iPod」を買ったんですね。つい最近まで、絶対に買うもんか!と思っていたんです。周りの人々が、うれしそうに「iPod」の奴をちらつかせるのを見て「この資本主義の犬めが!」と心の中で罵っていたのですが、たった一度、会社の女の子に「iPod」の素晴らしさについて講義されただけで、尻尾振って次の日には購入しちゃいました。これね、すごい小さいのに、何十枚分ものCDが入っちゃうのね。それから、曲のタイトルとかも自動で入ったりしてとってもかわいい奴だね。シャッフルして再生したり、すごく頭がいいの。ほら、やっぱりみんな持ってるじゃん。なんかカッコいいじゃん、だから、欲しくなるじゃん、しょうがないじゃん。もう何とでも言って下さい。僕は犬です。ワンワン。

 はじめの数日はうれしくって、あのアルバム入れようか、これ入れようか、自分の自転車に乗っている様々なシチュエーションを考えて、曇りの日はコレ、天気の日はコレなんて想像するのが楽しくて会社遅刻したりしたのですが、変化はすぐに訪れました。数日もすると、飽きてきちゃったのです。人ってそうそう聴きたい音楽ってないもんですね。どれを聴いても自分の今の気分にぴったり来ない。逆に音楽を聴くことで、自分の気分を限定しているような気がしてきた。バッハな気分って言えば気分なんだけど、どこかで20%ほど美空ひばりが流れていて、でも、バッハを実際に聴くことで100%バッハな状態になってしまう。20%美空ひばりな気分の中にもしかしたら本日を生き抜くためのとても重要なヒントが隠れているかもしれないにも関わらずだ。

 音楽が携帯できるってすごいね、改めて。どれくらいすごいかというと…長くなるから止めておく。それは言葉が身体から切り離され声ではなく文字になったことと似ている。音は楽器や人の身体を離れいついかなる時も再生可能になった。そのことは人がどんな身体的状態や感情の状態に関わらず音楽が鳴るということ。脳みそが直接音楽を聴いているみたいなもの。つまり、例えば僕は、寒いと反射的に「♪おしくらまんじゅうおされてなくな」という歌が頭の中に流れる。何も考えないでいると、自分の状況に合わせて実に様々な音楽が流れていることに気付く。それはめまぐるしく1フレーズをなぞったかと思うと、次の瞬間、別の曲になっていたりする。そのように、心の中の音楽は今、本当に聴こえている音や身体的状況によって、曲を選曲している。時々、聴いたこともないような音楽が流れたりもして…。

c0045997_17433537.jpg というわけで、すでに「iPod」はポケットには入っているけれど、音を鳴らさないシンボルみたいなものになってしまいました。イヤホンは自宅に置いたままです。これは「Ihave MUSIC」というシンボルなのです。でも、僕が持っている「iPod」の方がもっと素敵です。いろんな自然の音がプレインされていて、音楽を取り込まなくても、好きなときに好きな曲の好きなところだけを聴くことができ、しかも、まだ録音されていない自分だけのオリジナルな曲も再生してくれる。それから、なにより誰の「iPod」にも入っていないだろう、豊かな沈黙がたくさん入っています。

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この日記は大阪で行われるイベント「A day」のブログとの連動企画です。
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by radiodays_coma13 | 2006-02-26 17:48 | くだらないこと
合コンの魅力について語れ!
 誰か、僕に合コンの魅力について説明してくれないでしょうか?僕にはその合コンなるものの、魅力がちっともわからないのです。もちろん、合コン未経験者ではありません。大学の頃はそれなりに新入生歓迎コンパにはじまり、他の学科や他の大学との合コンが毎週どこかで催されていて、それなりに誘われ、それなりに参加もしていました。しかし、僕はただの一度もそういう場で愉快な思いをしたことがないのです。大学も5年生(なんでですかねぇ)になると誘われても行かないか、僕にとって合コンとは、にぎやかな夕食会と化しました。それでも、理解するまでに4年を費やしたことになるのですが…。

 まず、その前提がいけない。純粋に機知に富んだ会話を楽しみに行こうとしている者に、男探し、女探しが最終目的の場所でどうやって会話を楽しめと言うのだ。何度か素敵なセッティングの合コンに誘われたこともある。時に演奏家、時にデザイナーやアーティスト、詩人や科学者の合コン。しかし、結果は同じだった。そんなにも面白い人物を集めておいて、見事につまらなかった。みんななにかにとりつかれたように上の空で、ただ、その場で意味を持つのは、男女のまぐあいだけなのだから。「おい、みんな目を覚ませ!君達が普段、命がけでしていることはなんなんだ!」と一人一人のほっぺたにビンタをくれてやりたくなる。

「それでいいんだよ。俺達が一生懸命に何かに打ち込むのも、いい異性に出会うためなんだから、そうだろ?」
 さも、当然なように、合コン百戦錬磨の友人が主張する。しかし、待て、百歩譲って、素敵な異性に出会うためだとしても、出会うための出会いはつまらなくないか?出会うために出会いが用意される。確かにね、「一目会ったその日から恋の花咲くこともある」みたいな出会いを欲してはいる。電車の通勤中、もしかしたら、万が一、前の席に座っている、美しい女性が電車を降りようとする僕の腕を掴み「惚れちゃいましたわ」なんて言って来るんじゃないか、時々、ドキドキしてるけどさ。僕はね、豊かな時間が欲しいわけ。もし、万が一の女性がいたら僕は、喉まで出かかった「ヤッホー!」を飲み込み、「お嬢さん、それはいけません、僕はあなたのことをまったくしりません」と言うだろう。そしてちゃんと「じゃあ、今からいろいろと知り合いましょう」と言うだろうけどね。

 これはつまりPTSD心的外傷後ストレス障害にちがいなのです。沖縄の大学に行っていた僕は、合コンの進化する以前の原始的形態である沖縄名物ビーチパーティーというものに参加したことがある。ビーチパーティーと言えばなんだか垢抜けたオシャレな遊びのように感じられるが、これはもう、れっきとした原始的な乱痴気騒ぎである。満月の夜、海岸で火を焚いて、歌い踊るわけだ。それはもう、一晩中、気になるあの子や才能豊かな人々と語り明かせると思ってワクワクして参加したのだが、そこで行われたのはオープンな会話などではなく、ヒソヒソニタニタ。男が女の耳元で話すのが炎に照らし出されて、まるで悪魔の儀式みたいなシロモノだった。やがて、一組、二組と暗闇の中に消えてゆく。そして、気になるあの子も、くだらない野郎に口説かれて暗闇に消えた…。僕は一人、炎の前に取り残された。以後、ビーチパーティーには二度と行かなかったし、その女の子とも口をきかなかった。

 とかなんとか純粋なことを言うとりますが、実際の僕は、どんな場であれ、男女問わず、口説いて周っているので、合コンとか関係ないわけですよ。合同カンパニーだかゴーゴーコンパだか知りませんが、そんなことをしないと異性も口説けないのかと僕は問いたいわけですよ。そんな改めて、「さあ、どうぞ、みなさん、今宵もじゃんじゃん口説いて参りましょー!」なんて場にいたら口説きにくいやら、話しにくやら。ちょっと、「ねえねえ、どんな仕事してるの~?」と質問しただけで「あ~、この人、口説いてる~、あたしのこと口説いてる~」なんて騒がれたりしたら、みぞおちにパンチをくれてやって気絶した隙に、その場を逃げ去りたくなりますがな。普通に会話がしたいだけなんです。なんなら、いかつい顔して「フ~ア~ユ~!?」でもなんでもいいんです。とにかく会話がしたい。

「日々口説く」
 コレです。日々功徳みたいでなんだかアリガタイ宗教家の言葉みたいですが、基本はコレです。愛のオーラです。愛の雪崩です。ナイアガラです。汲めど尽きせぬ愛の泉。いういなれば、コンパはプール。それも、ちゃちなおもちゃのプールです。その場限定の水遊びなの。あのね、だから、つまり、なんです、僕はその場だけの冷たいあの空気が嫌なんです。とかウダウダ言って、本当はコンパに行きたいんでしょとよく言われますが、それは無理です。既婚だしね。もし、コンパに参加したら、奥方様の使いの者に物陰から毒矢を飛ばされて僕は抹殺されます。だから口がさけても、本当は心の底からコンパに出たいなんて言えませっ、あう…無念。
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by radiodays_coma13 | 2006-02-05 00:27 | くだらないこと
正月VSクリスマス
 クリスマスが嫌い。でも正月は好き。やっと大嫌いなクリスマスが終わって正月がやってきました。だいいち、クリスマス、怖いでしょう。知らないおじさんが、ニヤニヤ笑いながら、おっきな風呂敷を抱えて家の中にコッソリ進入してくるんですよ。あーこわい。鼻を真っ赤に汚した獣が荒い息で雪の中を走っていきます。じゃんじゃんんじゃんじゃん、不吉なあの鈴の音が近づいて来る。♪サンタが街にやってくるー。キャー!

 なんだか、今年は世界中で悪者サンタが大暴れしたそうです。ヤフーのニュースでみました。サンタが荷物の配送中、飲酒運転で逮捕され免許取り上げられたり(トナカイ免許?)、クリスマスの商業主義に反対して、団体で暴動を起こしたサンタ達や、火のついた矢を放ち、家を放火したサンタ。もうめちゃくちゃです。どうしたんでしょう、サンタさん。いい子たちがいなくなったのでグレちゃったんでしょうか。いえ、サンタは本来、悪なんです。あの服装、あの帽子、なにかを思い出しませんか?そう悪魔。サタンです。サンタ、サタン、言葉が似ているのも偶然じゃありません。

 いい思い出なんかひとつもありません。ええ、別に悲しくなんかないです。幸せ風の家族でにぎわうどこかうそ臭いクリスマスの飾りつけされた商店街を、僕は実家の手伝いで奔走してましたから。「サンタさん、来るといいね」と励ます両親の言葉にワクワクしていた、僕の靴下は毎年からっぽでした。じゃあ、来るといいねって言うなっ!とツッコミたくなります。それとも何か、本当にサンタの来訪を信じていたのか!?と密かに両親を疑わないではおれません。

 不思議なことに、なぜか、誕生日とクリスマスでいい思いをしたことがない。これは僕の中での確信に近い。だから、誕生日とクリスマスは家でその日は過ぎるのをじっと待つ。誕生日に骨を折ったり、クリスマスに恋人と大喧嘩をしたり、恋人と演出の行き届いた素敵なクリスマスを過ごそうとしたら、歯車を掛け違ったように何一つうまくいかなかったりさ。あれは、台詞までちゃんと決めてたのが敗因だろうな。でも、僕にも一度だけちょっぴり素敵なクリスマスがあった。

 10年前、その頃にはクリスマスが嫌いと豪語していた僕なので、誰もクリスマスを共に過ごしてくれる人なんてもちろんいなかった。家で、ただその災厄の日が過ぎるのを待っていた。12時が過ぎ、ほとぼりがさめたように、さあ、夕食の買い物でもしにいこうと思って玄関を開けると、ドアノブにパンとチーズとワインの袋がぶらさがっていたのだ。まさかサンタさんと思ったが、違った。その頃、日本画のモデルをしてもらっていた女の子のプレゼントだった。おそらく、クリスマス嫌いを豪語していた僕に遠慮して、こういう行為に出たのだろうと推察する。でも、その年ほど、厳かなクリスマスを迎えたのは初めてだった。すぐにでも、そのパンとワインを持って、その人の家に走りたかったが、その時の僕にはそれができなかった。くやしい。一人、涙ぐみながらパンをかじった。

 次の日、朝一でデパートに走り、冷え性の彼女のために毛糸の靴下をたくさん買い、それを大きな靴下につめて、彼女の家のドアノブにそれをぶらさげた。僕にできたのはそんなウケ狙いなんだかキザなんだかわからん大阪人的には許せない中途半端な返しだった。今なら、確実にその日のうちにサンタの格好をして夜這いを仕掛けているね。ベランダに立って「すいません、煙突がみあたらないもので」とかね。

 クリスマスには誰もが浮かれてしまうんだろうね。仕方がないといえば仕方がない。そうして、クリスマスのバカ騒ぎが過ぎ、静かな正月がやってくる。なんといっても、正月のどこか寂しい雰囲気が好き。空気が妙にあらたまっている。その質素で厳かな感じが好きなのだ。家族もどこかよそよそしい。「ああ、あのぉ、本年もひとつよろしく」なんて言い合いながらね。TVもつけず、台所の火もいれず、おせちをつつきながらね、静かに静かに時間をみる。その感じ。でも、TVをつけるとげんなりする。クリスマスに負けず劣らずのバカ騒ぎ。まだ騒ぐのか!?と正直あきれちゃいます。

 本来、クリスマスはキリスト教の新年の儀式みたいなもんでしょ、それなりに、厳かにしてるはずなんだな。そういう退屈な儀式が一通り終わったあとでバカ騒ぎだからこそ意味があるはず。いわば、日本人は同じようなバカ騒ぎを二回繰り返してるわけだ。どうかと思うね。選択性にしてどちらか一方だけしかできないようにしたらいいのに。その代わり、お願いだから、正月派の人は静かに時間をすごして欲しいものです。

 追伸、クリスマスにパンとワインをくれた女の子とはその年の正月に一緒に初詣に出かけ、そのまま三賀日を過ごしましたとさ。着物で来たのはいいんだけど、脱がすのは簡単でも着せ方がわからず難儀しました。おしまい。

 下は今年の年賀です。不精なので、あまり出していません。なので、ここでお年賀しちゃいます。どうぞ、みなさま今年もよろしくお願いします。お贔屓に。
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by radiodays_coma13 | 2006-01-01 17:06 | くだらないこと
僕のアイドル
 おとつい、街で、ノッポさんを見かけた。ノッポさんって「できるかな」のノッポさん。説明の必要もないか。誰でも知ってるよね?オーラは消していたが、シルエットですぐにノッポさんとわかった。自転車で軽く追い越して、後ろから来る誰かを待つように振りかえり、ガン見。もう、マジマジ、ノッポさんを味わいました。うらやましいでしょー。うらやましくない?それはおかしいな。うらやましくない人はちょっとどうにかしてる。ノッポさんですよ。キムタクとか、浜崎あゆみとは違うんですよ。レベルが違います。なんせノッポさんですから。

というような内容の電話を例によって数年会っていない友人の留守電に吹き込む。「…ああ、そう」といううんざりした声で気のない返信留守電。どうも、僕のアイドルは人に受けが良くないようだ。赤坂でお仕事をしていると、わりと有名人と言われる人とすれ違ったりすることが多い。それに、僕が働いているビルの中には、TVの製作会社があるみたいで、エレベーターでそういう人と乗り合わせることも多々ある。この間は根本はるみさんと二人きりになりました。うふふ。

 しかし、そんなことがあっても、僕は平常心を装うことができる。というよりもあまり興味がない。僕にとって有名人ならそれは別の話なんだけどね。でも、僕の中での有名人は赤坂でうろうろしてたりはしない。どこにいけば、彼らと出会えるのか、謎だ。河合隼雄さんと言ってもなかなかピンと来る人はいないだろうね。河合さんは偉い心理学の先生。大学生の頃、僕の部屋に張ってあったポスター(僕にとってはグラビア)は河合さんだった。それでも僕にとってはアイドルなので、笑い方だったり、話し方だったりマネをしてみたりしてね。

 でも、幸いなことに稀に、彼らと遭遇することもある。大江健三郎さんとはトイレで肩がぶつかった。とても不機嫌な顔をしていた。ちょっとうれしかった。養老先生の講演会の一番前の席に座ってたら唾液が飛んできた。やっぱりちょっとうれしかった。河合雅雄先生(猿にくわしい人)の講演会では、僕は舞台の裏方をしていた。終わったあと、先生のマイクを嗅いでみた。臭かった。でも、うれしかった。だってアイドルだからね。

 時には、本当に幸いなことに、そんなアイドルと会話のチャンスもあったりもした。しかし、ここで、おかしなファン心理が働く。パターンは二種類。吉増剛造さん(詩人)と同席した時には、ただ、恐縮してしまって、日体大ラグビー部の先輩後輩みたいに、きょうつけしたまま、目を見ずに「っす!」「はっ!」と犬みたいに空回りしていた。…会話にならなかった。

 そして、もうひとつの反応。ファンの素振りを見せない。逆に「あんたと俺は平等なんだ」というわけの分からない闘争心を燃やす。皆がサインをねだっていても、素直になれない。僕はサインなんか要りませんから。とソッポをむいている。心では泣いている。ファンでありすぎるがゆえに、ファンとしてではなく、彼らと同じステージにあがりたくなってしまう。究極のファン心理である。これはもう、一種のストーキングなのかもしれない。乱入はしないが、できるだけの努力はしてみる。そして、とてもとても幸いなことに、僕のアイドルと努力の結果、一緒に仕事をするチャンスも何度かあった。そんな時は今までガマンした分だけ、思い存分、会話を楽しむ。それから、家に帰って布団に包まって、歓喜に叫ぶ。

 もしノッポさんがいなければ、僕はモノツクリの道には進んでいなかった。僕にモノツクリの面白さを教えてくれたのはノッポさんだ。それに、どちらかというとイジメラレッコな僕に人気者になるチャンス、みんなに自慢できること、みんなを楽しませる方法を教えてくれたのもノッポさんだ。「できるかな」を観たあとは、いつも同じものを家で制作した。お小遣いはみんな画用紙に消えた。小学3年生の頃には紙で作った玩具や迷路を10円で販売していた。小学高学年になると、紙でボードゲームを作ってみんなで遊んだ。中学になると、その頃、ようやく手に入るようになったパソコンでゲームを作って売っていた。それもこれも、ノッポさんのおかげなのだ。

c0045997_3431417.jpg だから、ノッポさんを見かけた僕は、ノッポさんに理由もなく冷たくあたった。まず睨みつけ、目が合うと意図的にそれをそらした。「ふんっ!何様?!」という具合に。そらした横顔にノッポさんの視線を感じた。足早に自転車でその場を去る、僕の口から出たセリフは「コンチクショー!」だった。自分でも意味が分からない。とても失礼なことをしてしまいました。でも、闘志にだけは火がつきました。「♪でっきるっかな、でっきるっかな、じゃあ、やってみせようじゃないか!」と心に何かを誓ったのでありました。
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by radiodays_coma13 | 2005-12-31 03:43 | くだらないこと