「子供のためのコンテンツをつくること」          cooma.exblog.jp

言葉と文化
by radiodays_coma13
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カテゴリ:感覚について( 13 )
沐浴のとき
子供と過ごす時間を大切にしている。
といっても時間的にそんなに多くはもてない。
そこで密度がものをいう。

沐浴の時間はスペシャルだ。

時間というものが相対的であるということを
アインシュタインの理屈ではなく
体感することができる。

時間は水のように形を変え
のびちぢみし、手の上でころがすことができる。

子供には水を特別好きになってほしい。
水を好きにならなければ
人は何によって癒されるというのだ。

少なくとも僕はポエムで癒されたりしない。



乳幼児の沐浴は父親の仕事であると思う。
腹を痛めない父親ができる最初で最大の命がけの使命なのだ。
水に浮かぶ子供の命の感触をずっしりと片腕で確かめることのできる
神聖で厳かな時間。
沈めようと思えば、いつでも沈めることができる。
すべてを預けることしかできない我が子の存在の弱さと
それを守ることの重たさを知るには沐浴しかないでしょう。

オムツを外すのを見計らったように噴射され
浴びせられるうんちビームでは神聖さに欠けるし
愛を知るというよりも愛することの難しさを知ることになる。


日々の沐浴の時間を通過することで
遺伝子的な父は徐々に肉体的な父親になってゆく。
そして、親子のつながりはしっかりとしてゆく。
だって、父親は母親のように子供が生まれてすぐには
親にはなれないんですから。


まずお湯の温度を確かめる。
感触ではなく、音で確かめる。
ちょうどよいお湯は音で分かる。
手のひらにすくい、30cmくらいのところから垂らす。
やわらかく、くぐもった音がするといい湯加減。
子供を片腕いっぱいに抱え
手のひらの湯を足、足から太もも、手、手から肩
お腹にこぼし、最後に胸。
そしてお湯の中に沈める。
首の後ろから広く後頭部を支え、両耳を小指と親指でふさぐ。

耳元でお湯の音をさせてやる。
できる限り気持ちのよい音がするように努める。
この音は清らかになるサインなのだから。
その音を聞くと、子供は目を瞑る。
もしかしたら体内での記憶を喚起させているのかもしれん。

ガーゼをお湯にひたして
胸の上にかける。

石鹸を手のひらの中で回転させ、手を洗う。
強く握られたままの指を解くように
掴んでいる糸くずや埃を外してやる。
たるんだ皮膚、脇や手首の溝、体の全ての
光の当たらない部分にくまなく水をそそぐ。

一日でも洗わない場所があると
すぐにかぶれてしまうのだ。

胸の上にのせたガーゼが冷たくならないように
ひとつの動作ののち、お湯をガーゼに垂らす。
洗う、お湯を垂らす。これを繰り返す。

頭を撫ぜ、子供をたたえるように
髪の毛を洗う。

小指を使って顔を泡で洗う。
鼻も鼻と口の間も瞼もやっと
小指が入るような間隔しかない。

顔の泡を胸のガーゼを絞り拭いてゆく。
擦るのではなく、ぽんぽんとたたくように
ぬぐいとってゆく。
このときは最も気持ちよいようで
うっとりを目を瞑ったまま
ニッコリとしていることが多い。

もう一度、全ての部分にお湯をかけ
ここからは素早くバスタオルでくるみ
湯上りの準備をしないといけない。
そのため、母親にバトンタッチするべきかもしれないが

遠足が帰るまで続くように湯上りで浴衣を着せ
立て抱きして、よしよしをするまでが沐浴なのだからして
ここで、母親に楽しい時間を譲るわけにはいかない。

ベビーオイルを手になじませ
まだ眠っている未熟な子供の体の感覚をノックし
目覚めさせるように、全ての皮膚を刺激してゆく。
毎日、指の数と骨と目や鼻の位置が間違ってないか
確認する。

パウダーをつけ、浴衣を着せる。
めん棒で耳と鼻を掃除する。
これで子供は新品同様。


湯上りの一連の動作は素早く行わないと
子供が湯冷めするだけではなく
沐浴で夢見心地の子供の機嫌をいちじるしく損ね
大泣きされてしまう。
とにかくスピード。

と、これが沐浴の大まかなフロー。
これらをできるだけ丁寧に素早く
心を鎮めて行う。
少しでも雑念があると
子供が泣き出す。

なので、沐浴の前から精神集中する。

そういう甲斐あってか、
3ヵ月の娘は「沐浴の時間ですよ」というと
どんなに機嫌が悪くても泣き止んでしまう。
関係のない上の子だって一緒に機嫌が治ってしまうくらいだ。

だいたい、沐浴をするというと
なぜか3歳になる上の子も一緒に裸になって
妹の沐浴をうっとりを湯船から見つめている。
沐浴は早朝に行うようにしているのだが
そっと上の子を起さないように沐浴を始めると、
裸になった上の子が黙ってやって来る。

(下の子は怒られるたり、落ち込んだりすると
すっといなくなり、ひとりでお風呂に入っていることがある)


沐浴は祈りに最も近いような気がする。
このような水との関わり合いを
もし子供がいなければ知ることはなかった。
そして、おそらく自分が幼いときの
産湯の記憶なのか、沐浴の記憶なのか
自分がもっとも癒される時間へとそれが
繋がっているように思われるのだ。
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by radiodays_coma13 | 2009-10-29 01:53 | 感覚について
ダイアログインザダーク
もし、明日、視覚を失ったら、それでも生きる気力を維持し、元気にやっていけるだろうか。少し自信がない。僕はデザインの仕事を失い、創作活動を中止せざるを得なくなり、日常生活にも究極に支障をきたす。


それほど、視覚に頼った日常を送ってきた。驚くほど意外に。それは失ってみて始めて感じるものである。


あるイベントに招待してもらった。DID(ダイアログインザダーク)。それは数人一組になり、完全な暗闇の中をツアーするイベントである。我々はその暗闇の中で様々な体験をすることになる。


まず、完全な暗闇に入る前に、我々はうす暗がりの準備部屋に入り、視覚障害者用の杖を手渡され、ほんの3分ほどの簡単なレクチャーを受ける。それだけ、それで、さあ、いってらっしゃい。


え、まさかね。





路頭に迷う一同。


そこで、我々をナビゲートしくれるのが視覚障害者の方という仕掛け。



僕はなにか大きな勘違いをしていた。今までまともに彼らと会話したことがなかった。道で困っている彼らに出会っても、怖くて、近づくことさえできなかった。しかし、それは無知からくる恐怖だったのだ。


僕には彼らの住んでいる世界がわからなかった。視覚を持たないと言うこと。それは僕には想像の域を超えていた。ともすると、視覚を持たない彼らは社会的弱者、言い方は悪いが「気の毒な人」という意識がどこかにあったことは否めない。


しかし、暗闇の中では違った。


我々は彼らを頼るしかないのだ。暗闇の中の障害物、様々な足場を縦横無尽に移動する彼の名前を僕らは呼び続け、互いにぶつかりながらよちよちと暗闇を進んでゆく。


暗闇の中の彼は、ひじょうに機敏で、饒舌で、大きな存在だった。それは実は現実でも同じことだと思う。ただ、我々が立ち止まらないだけだ。できれば彼らから目をそらし、みないことにして、生活したいだけなのだ。


彼らには彼らだけが持ちうる感覚がある。それはある部分で健常者よりも優れている。


目が見えないというのはひとつの能力なのかもしれない。


そして、健常者である我々がいかに、健康な自分の上にあぐらをかいているのか。しかし、それは実は湖上の薄氷一枚なのかもしれない。



眼はあいているが、何もみていない
耳はひらいているが、何もきこえていない
何事かしゃべってはいるが、何も語っていない
ただ、木偶のようなわたし



闇の中に一時間もいると、不思議なことが起こりはじめる。何かが目覚めるのだ。近くの人のシルエットを感じるようになったり、においと音のみで、光を感じたり。闇の中で味覚が敏感になったり。極めつけは、闇の中で演奏されたジャンベの音。それはひとつの楽器が出すとは思えないほど、バリエーションと色彩を持っていた。


いや、そんなことではない。もっと不思議なこと。


闇の中で我々は知らない人同士で声を掛け合い、手をとり合い、誘導し、譲り合い、助け合った。


そう、街の中で、視覚障害者の求めている行動とはこれだったのではないか。大げさな良心ではなく、さりげない気遣い。できるような気がした。今度、彼らに会ったらさりげなくその手をとることが出来るはず。


人は本当に弱い立場に立ったとき、やっとやさしさを思い出すのかもしれないな。そして、意外に、人はやさしく出来ているとも思った。


で、オマケ。「もう、ここで、暗闇はおしまいです」うっすらと暗闇の中に漏れる薄明かり。わたし達は一目散にそこに歩み寄った。後ろで、ナビゲーターの声がする。


「すいません、わたしを置いていかないでください。」


それを言われたとき、みんな、下を向いて、気まずそうな顔をしていたのが印象に残っている。少しずつ変わっていこう、そう心に誓った。


(PS:もし、あなたの街で、DIDが開催されることがあれば是非、足を運んでみてください。どんなアトラクションよりも、刺激的で、気持ちよい体験ができるはずです)
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by radiodays_coma13 | 2006-09-16 01:04 | 感覚について
クライ森
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 きた。久しぶりの鬱だ。はははは。体が熱くなったり冷たくなったり忙しい。付き合い方は分かっている。楽しんでいこう。クライ森をさまよい歩くようなもんだ。誰も恐ろしい動物に見える。そっとそっと道を踏み外さないように歩かねば。もし、道に迷ったら、大変だ。今までゆっくり積み重ねたものが台無しになる。平常心平常心。

 ものをつくるというのはどんな健康な精神状態にある日常においても、このクライ森に繰り出すようなものだと思う。少し気を緩めると、クライ森からの帰り方が分からなくなる。だから、あまり健康でない精神状態の時に下手にモノツクリをするべきではないとあれほど言ったのに…。やっちまった。

 モノツクリの仕事、もしくは使命ってそのクライ森の地図を作ることではないかと思っている。普段、人は好き好んでこのクライ森に足を踏み入れようとはしない。ただ、何かの拍子にこのクライ森に迷い込む人がいる。慣れない人はどんどん深みにはまってゆく。そこに来て、自分で地図を作ろうという人もいる。心の闇を見て、突然、表現を開始する人はこれにあたると思う。逆に表現をしすぎて、自ら、クライ森を迷ってしまう人もいる。それから、表現のために、わざわざクライ森の住民になる人もいる。

 でも、いろいろな作品をみていて感じることは、本当に有意義な仕事は、クライ森から柵の中の安全な場所への帰り道を教えてくれることではないだろうか。どれだけ優れた作品かは、どれだけ、クライ森の奥底に光を届かせ、そこからの帰り道を示せるかではないか。しかし、鬱になってみて思うのは、いかに、うわべだけの光が多いことか。深みにいる人間にとって強すぎる光はただの目潰しにしかならない。そこはほとんど、自分の肉体さえ曖昧にしてしまうような完全な闇だからだ。その入り組んだ森の奥底にそっとやさしい光を注ぎいれること。これはなかなか出来ることではない。

 おびえている者にとって、どんなやさしい言葉も、恐ろしい鵺の鳴き声にも等しい。すべての声が自分を責めたてる。しかし、優れた作品は、見ている人、その人の声を借りて語りかける。そして、もっともおそるべき作品もある。それはその人の声を借りて、人を疑心暗鬼に陥れるもの。「やめだ、やめだ!」「バカらしい、もう誰も信じない」。“邪悪”というものが存在する。それは、人がこのクライ森で出会うもっとも恐ろしい影だ。

 森に迷った者は一体、どうやって声を聞き分ければいいのか。邪悪はおびえるものの心に、あまりにたやすく、そして、しっとりと忍び寄る。この状態になった時、僕の場合、とにかく情報を遮断する。闇を直視するのだ。魔物は人の恐怖と創造力を蜜にして成長するという。そこから、ゆっくりと恐怖を取り除けば、闇の中におびえる自分が見える。

 とにかく一度、柵の中へ帰ろう。同じ過ちを何度も繰り返してはダメ。また、ゆっくりとここにくればいいのだから。でも、ここは危険。これ以上、先にいっちゃダメ。帰ってあったかいお風呂にはいろう。それがいやなら、冷たい水で顔を洗おう。それでも億劫なら、ゆっくり歩数を数えながら歩こう。大丈夫大丈夫。もしかしたら、朝の水を美味しいと思えるかもしれないから、もしかしたら、お天気の風を心地よいと思えるかもしれないから。日々の繰り返しを繰り返し丁重に、そっとそっと。

 クライ森でうずくまる人に出会っても、絶対に立ち止まっちゃダメ。もし万が一、彼らと話してしまったら、ここが心地よいだなんて思うようになってしまう。そうやって、ダメになった人もたくさんみてきた。僕がこういう時、ともし火として使っているのは「バッハ」の「マタイ受難曲」アリア「憐れみ給えわが神よ」いつもそう。とてもやさしい。やさしく確かな光。

 「鬱です」と言っても誰も信じてくれない。僕が鬱になるような人種にみえないのだそうだ。僕はいつもちゃらんぽらんで、シリアスじゃなくて、人好きでおしゃべり。そう思われているらしい。これはいろんな人から言われている。でも、ただ一人、昔のものつくりの相方だけが、僕が本当は人嫌いで無口だと言っていた。無口かどうかは別として僕だって落ち込んだりもする。

 よし、足取りにリズムがうまれた。時間をかけてゆっくり浮き上がってゆくしかない。

 そして、クライ森からの手土産。手土産というか作らなければ苦しむこともないけれど・・・。「?」です。テキスト作品です。
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by radiodays_coma13 | 2006-03-26 04:58 | 感覚について
左手、帰っておいで、右手も待ってるよ
 左手が家出をした。右手は残されてとても悲しんでいる。その旨、左手の留守電に吹き込み、夜の公園で待ち合わせをする。僕は孤独な右手と左手の帰りを待っている。いつになっても左手はやってこない。「やっぱり、左手がいなくてさびしいよ、帰り待ってる」もう一度、留守電に吹き込む。

 痛いほど、左手の気持ちが良く分かる。「どうせわたしなんかいなくても、一人でなんでもやっていけるんでしょう!」彼女はすねているのだ。なんでもかんでも右手に任せてしまうことに。時々、気を使って、左手を使うと、怒っていうことをきいてくれない。でも、いないとなるととても困る。考え事をしている時にいつも僕の意思とは関係なく、踊って慰めてくれる左手。それがないといいアイデアが浮かばないじゃないか。それに、左手じゃないとオナニーでイケないじゃないか。早く帰ってきてよ、左手。

 今日も左手を前にそんなことを考えて、話しかけている。小さい頃、僕は左利きだった。それを強制的に右利きに変えられた。最近、聞いた話だが、無理に利き手を変えようとすると、脳に異常が出ることがあるらしい。子供の場合は、どもったり、言葉の覚えが悪いなど、悪影響があるというのだ。ふ~ん怖いね。僕はそういうのがなくてよかったと思っていたのだが、最近、両親に訊いてみたところ、いろいろ不審な点がでてきた。当時、右利きに変えようとする段階で、僕は少しどもったらしい。それから、左手では正しい字を書くのだが、右手で書くと、文字の左右を鏡に映したときのように反転させて書いたらしい。そう言われるとだんだんその時の気持ちがよみがえってきた。右手がまったく言うことを利いてくれず、そう感じ始めると、思い通りどころか、腕が上がらなくなったり、指が勝手に痙攣したりして怖い思いをした記憶がある。

c0045997_23351611.jpg ちょうど、その頃から、僕は自分の手に顔を書いて、話しかけるという癖、癖というか、遊びをするようになった。それは時々、今でもしている。右手の人差し指の横に目と鼻と上唇を書き、親指に下唇を書く。それで口をパクパクさせて会話をする。右手と左手と僕の三人でいろいろと話し合う。昔、母はそれを見て僕がおかしくなったと思ったそうだ。でも、何度も言っていますが、それは今でもしているんだよ、母さん。あの頃はおかしかったと、その話を引き合いに出すのはやめてくれませんか。

 親を責めるわけではない、そういう時代だったのだ。もしかしたら今でもそうなもかもしれない。すべてのものは右利き用に作られているし、「right」は正しいという意味を持ち、LEFTを使ったout in left fieldでは「頭がおかしい」という意味になる。しかしだ、僕は左から右に変わる過程で頭がおかしくなったのかもしれないのだ。いまだに僕は「右!」と言われて、とっさにどちらが右なのか答えられない。手でちょきをつくり、箸を持つフリをしないといけない。そのせいで、今まで何度か視力を1.0にされたことがある。いちいち「右です。いや、左、左です!」「左!あ、右でした」とか言い直さないといけないからだ。よく考えると影響は少なくない。

 しかし、最近になって、もしかしたら、それが良かったのかもしれないと思うことがある。一般に、左利きは感覚的で、右利きは論理的と言われている。僕はもともと左利きだったためか、美術が得意で美術の道をすすんだ。しかし、同時にとても論理的で、高校は美術科を選ぶか、情報処理を選ぶか迷った。現在はデザインの仕事をしているが、同時に、スクリプトを使って複雑なプログラムを組む作業も行っている。これは左右同時にどちらの脳も使いこなせなくてはならない。美術関係の仕事に就いた友人たちには真似のできない芸当ではないかと思う。そのことで非常に得をしたことは多い。

 しかし、一方で、とても怖いこともある。それは日によって傾向があるということだ。論理的な日と感覚的な日が別々に存在するということ。僕はそれをして「右の日」「左の日」と呼んでいる。稀に、どちらも使える「冴えてる日」というのもある。しかし、恐ろしいのは「バカの日」があるということ。この日ばかりは何をしても頭が働かない。言葉さえロクに出てこない。そんな時はよくめちゃくちゃな言葉を使ったり、言い間違えることが多い。それを人に指摘されることもある。そんな日は、自分は痴呆症じゃないかと真剣に怖くなることもある。

 そういう夜には、手に顔を書いて、話し合うことにしている。「君がいないと、僕はやっていけないよ。今夜もデザインの締め切りなんだ、お願いだから、もう一がんばりして、なんかいいアイデアをひねり出してはくれないか?」そうやってなだめすかしていると、「しょうがないわね、いい?わたしを見ていてね」と左手が踊り始める。すると、頭の中に映像が浮かび上がってくる。それを右手が忙しそうに記述し始める。そうやって、いつも僕らは左手に振り回されている。

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この日記は大阪で行われるイベント「A day」のブログとの連動企画です。
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by radiodays_coma13 | 2006-03-12 23:37 | 感覚について
イサムさんと真っ白なキャンバス
 先日、東京現代美術館で行われていた、イサム・ノグチの作品展に終了一日前滑り込んだ。情けないことに一番好きなアーティストと言ってはばからなかった、イサムさんの大規模な作品展が東京で行われていることを知らなかった。20代の頃は、イサムさんの作品で多くを語ったものです。梅干さえあればご飯に困らないように「空間における在り方」だの「自然との調和」だの、イサムさんさえあれば、小一時間は語ることだってできましたよ。あの頃はね…。

 まあ、そんなに人も来てないだろうと鷹をくくって、いざ、行ってみると、押せ押せの長蛇の列。チケット20分待ちの立て看板に入場制限。グッズは売り切れ必至で、飛ぶように売れている。いつから、イサムさんはそんなに人気者になったのかしらん。まるでディズニーランドじゃないですか。やっとのこさで、中に通されたのですが、上野に初めて来たパンダでも見るような騒ぎ。どこで、どんな宣伝をしたらこんなものに人が押し寄せるんだろう。

 不思議な気分だった。10年前の僕はイサムさんに何を観たのだろうか。今の僕にはまったくあの時の特別な気持ちを感じることができなかった。それはまさしくただ、そこにあるだけだった。なにももったいぶらず、なにも殊更に語らず。それを素晴らしいということもできるのだろう。こういうのを一言で言い表せるような気がする。なんだ、この感じ。ええと、そうだ、「鰯の頭も信心」だ。違うか。

 その日から、もう一ヶ月近く経っている。なにを今更な話題なのですが。ひとつ、その日からずっと、信心の鰯の小骨がずっと喉に引っかかっている。すぐにでも文章にしようと思ったのだけど、なんだか座りが悪い。イサムさんを崇拝していた自分と現在の自分とのギャップ?うーん、なんだか違う。それは、おそらく、僕がその日、体験した不思議な感覚に起因していると思われる。その出来事が、この文章を書くまでに起こったいくつかのシンクロニシティ(符号)を引き寄せることになる。

c0045997_38364.jpg まず、不思議なことに、あれほどまでに好きだったイサムさんが、僕に何も語ろうとしなかった。それらの彫刻はすこし不機嫌なようにも見えた。それは長い付き合いの恋人との馴れ合いな関係に油断して起こる無言による不和に似ていた。始めは予感から、次第に膨らみ、違和感は確信に変わる。そして、今回の展覧会でもっとも大きなモニュメント「エナジー・ヴォイド」の前で、その感覚はハッキリとした体感になって現れた。

 僕は突然、空腹に襲われた。いや、それは「飢え」だった。精神的飢えなんていう抽象的なものではなくて、実質的な飢え。しかし、僕は今しがた、大量のトム・ヤム麺と豆大福と、バナナ一本とカスピヨーグルト少々を平らげてきている。だが、それはハッキリとした飢えだった。本質的な深い飢えは深さゆえに、それが肉体で起こっているのか精神で起こっているのか区別が難しくなる。その根深い混乱はやがて恐怖になる。僕は立っていられなくなり、この場で崩れて美術館の視線を独り占めにするかもしれないと真剣に悩んだ。そして、一刻もはやくこのメビウスの輪のような彫刻から離れるべきだと考えた。僕の空腹はまるで、この外に向かう空洞のように肥大化し、ついには自分すらを飲み込んでしまうように思えた。

 たったそれだけのこと。ただイサムさんの作品の前で僕はあまり体験したことのないような空腹を感じました。それだけ。美術館の帰り、古びた商店で普段買わないようなクリームたっぷりのロールケーキとパックの牛乳を購入し、道すがらそれをほおばった。しかし、僕には、それが単なる空腹ではなく、精神の深いところ、たとえば、肉体と精神の区別もつかなくなるような地点で起こったことのように思えた。ゆえに、肉体に影響を与えたのではないか。僕の中で起こったこと、それはもしかしたら「混乱」かもしれん。(不思議なもので、この文章を書いている今、深夜にもかかわらず、再び強烈な空腹が…)

 答えはふいにやって来た。日曜日、僕は友人の家に招かれて、忘年会に勤しんでいた。そこに、ここんところずっと気になっていた、僕の尊敬する詩人「田中庸介」さんが現れた。ここんところずっと気になっていた?その時点で僕は初めて、自分の中にある問題意識に気がついた。僕は確かに、イサムさんの出来事から今まで、ひとつの問題を追っていた。その中にキーワードとして田中さんが登場していたことに「気がついた」。まさに答えは向こうからやって来た。きっかけは3週間前…。

 …僕はここ半年ほど詩作をしていなかった。しかし、突然、詩を書くチャンスが向こうからやって来た。デザイン等、立ち上げから関わってきたワークショップの「Relese room」というイベントに投稿者として参加してみませんかというお誘い。そこで、取り急ぎ、新しい作品をつくることに。しかし、詩らしいものはなにも浮かばなかった。手元にあるのは、いつものようにカセットに録りためた言葉の断片。そこで、テープからイサム事件から以来の断片を拾い上げてみる。自分の自宅から職場まで、或いは山の手線の地名に関するコメントが多くを占めていた。それを繋ぐと、山手線を軸にした不思議な空洞が見えてきた。「エナジー・ヴォイド」第一の符合。

 そのテープには執拗なほど、僕の贔屓にしている和菓子屋へのコメントが繰り返されていた。「群林堂、豆大福、豆蒸す香り」や「紀の膳、あんずあんみつ、蜜の色」など。そこを空腹が支配していた。第二の符合。しかし、「詩」になりそうな言葉はなにもない。そこで、自宅から職場までの道順に、コメントをつないでみる。僕はそのやり方をするにあたって、ハッキリと意識的に「田中さん」の詩のスタイルを念頭に置いていた。第三の符合。

 そこで、詩の中に同伴者が現れる。謎の人物「オットー」。僕はオットーと一篇の詩を追って、自分のしごと場まで自転車で旅をする、というストーリー。オットーが誰なのか、正直、僕もわからない。一度、職場までの道すがら声をかけたオランダ人が「オットー」と名乗ったような名乗っていないような、という程度。詩は、異界について考察を始める。僕らは二人してそこへ行こうとしているのか、それとも二人の間に越えがたい異界があるのか。ただ、二人は平行線に、直接交わることなく歩を進める。ただ、地名だけが二人を結んでいる。そこで、思いは、他者イサム・ノグチへと繋がる。日本人とアメリカ人という異なる血の間にゆれ、葛藤し続けた作家イサム。第四の符合。

 そこで、詩は唐突に終わる。ついに詩は結ばれることなく。オットーと僕は二人別々の場所に向かう。それは確かに詩ではなかった。詩を書くための習作みたいなもの。またはその過程。でも、僕にはむしろそれで十分だった。確かに「なにか」に触れた。でも「なにか」とはなにか?僕はそれを知ると思われる人に質問してみたいと思った。チャンスはすぐにやってきた。

 先日、田中さんと話したことはこんなこと。「田中さんはまるで、詩を書こうとしていないみたいですね」「詩を書こうとすることで毒される言葉があると感じます」「詩を書こうと思って書かれた詩は僕も嫌いです」「詩の場所が分かっているなら、わざわざ、詩を書こうとする必要はない」と、会話を録音していたわけではないので、僕個人の主観で歪められているかもしれない。しかし、この短い会話は僕にはとても意味のあるものだった。すこし、出口に光が指し始めた。

c0045997_38483.jpg田中さんの詩をここに引用するわけにはいかないが。(興味のある人は「山が見える日に、」が思潮社から出版されています。沢野ひとしさんの素敵なイラストが表紙に書いてあります。)その詩は少なくとも僕が知っている詩とは大きく異なっている。個人的な感想からいうと、そこには何かが意図的に大きく書かれていない。その書かれていないものの大きさゆえに、書かれていないものが空洞の形としてあぶりだされるように思われる。言葉は言葉のまま、歪められることなく生きたままそこに放りだされている。その言葉たちはなにも説明せず、自由に動き回る。すると意識は自然に言葉が自由に動いているその空間に移る。むしろ、作者の書こうとしたのは、書かれたものではなくて、書かれなかったその空間ではないか。再び空洞。第五の符合。

 イサム・ノグチの作品には通常のアーティストが作りえない空洞がある。彼は作らないないことで作ったのではないか。作らない作家というのはいない。しかし、作らないことを作ることでみせることができるとしたら…。それがイサムではないだろうか。彼は「地球が作品だ」と言った。それはつまりそういうことなのだ。作家は作らないことで地球も自分の作品の一部にしてしまった、といえば大げさだろうか。彼はからっぽを彫刻することができた。その作品は「在る」ことで、「ない」部分を意識させるような仕掛けになっているように思える。

 ここ数年、自分は作るのがいやになったのではないかと思うことがしばしばあった。でも、それを意識するのが怖かったので、考えないようにしてきた。今回の事件は実はそれが表立って身体感覚として現れたのだと思う。いくつかのシンクロで明らかになったのは、作るのがいやになったのではなくて、「作られたもの」がいやになった。作りたくなかったのではなくて、作る行為をおとしめたくなかったと言えば、少し響きがいい。どうやら、チャンネルが変わったみたい。最近、デザインにしろ、音楽にしろ、作られたもののその作られ加減が妙に鼻について興味がもてない。過剰なのだ。それは中身を伴った創作ではなく、記号的な意匠のようなものに過ぎないように思える。皆、器用に「~っぽさ」を身に纏っていると感じる。この一件以来、どうやら僕は一歩だけモノツクリというものの渦の中心に向かって進んだように感じる。そこはおそろしいくらい静かで何もない鏡のような空間だった。僕はここに来て良かったのか、いけないことなのかまだ分からないままでいる。

「オットーと其処へ」
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by radiodays_coma13 | 2005-12-24 03:13 | 感覚について
落ちる夢がみたい
近頃、よく落ちる夢をみる。それがどんな意味をもつのか。心理学的にとか言い出すと、それは性的に云々かんぬんということになるのかもしれない。しかし、僕が見ているその夢は目が覚めた後でも妙にリアルでざらっとした実感を残こしている。目覚めてなお、その恐怖の感覚が消えないのだ。いや、むしろ、夢の感覚が消えないのではなくて、その恐怖の感覚こそが日常を支配し、落ちる夢となって現れているのではないか。

僕がその人を追って、飛び乗った壁のないそのエレベーターは僕を地上数十メートルのところまで押し上げる。そのビルにはフロアというものは存在せず、ビルの四方を囲むただ、外壁だけでできた空っぽのビルである。(ビルなのだろうか?)すぐにでも地上に戻りたいのだが、どうやらエレベーターは昇り専用で、そこから降りる手段は、壁の反対側に取り付けられた下り専用エレベーターに乗り換えるのみである。そうするには窓の桟を伝っていくしかない。エレベーターからおそるおそる、窓に体重をうつすとエレベーターはすごいスピードで降りていった。やれやれ、進むしかなくなった僕は、数センチの足場をそろそろと進みはじめる。落ちないように窓の上のわずかな出っ張りを必死に掴んでいる。すぐに腕が挙げていられなくなるほどだるくなる…。

目が覚めると、僕はいつも両手を上に挙げている。ずっとこの体勢で眠っていたのだろう。ふと、このベッドが地上数十メートルにあるような不安がよぎる。どうやらそれは大丈夫らしいが、ベッドから降りても、どうも宙に浮いているようで足元がおぼつかない。…と、こんな目覚めの確率が妙に高い。それは個人的な邪推をすれば、家を買ってしまったことによるのかもしれんと思う。もう後戻りできない感覚。それに僕はもう30歳も半ばを過ぎてしまった。そういう不安。単なる邪推。普段、そんなことを考えたこともない。でも、自分の潜在意識のことまでは分からない。

夢の僕は時々、本当に落ちる。自分から落ちることを選択する。内臓が口から飛び出すような本当に嫌な感覚だ。しかし、今まさに地面に衝突しようとしたその瞬間、ふわっと体が浮き上がり目が覚める。再び、目を瞑ると、落下が続いているような強烈な眩暈に襲われる。体の芯にその落下感覚が残っている。すごい重力で地面から引っ張られているようなだるさ。単に疲れているのかもしれない。目を閉じると、ベッドから風が吹き上がり空を飛んでいる錯覚に陥る。両手の力を抜くと腕が浮き上がってくる。しばらくその感覚を味わっていると、現実がまた夢の領域に引きずり込まれてゆく。さまざまな夢のキーワードが目の前に現れては消えてゆく。その一つ一つを捕まえて、また新しい夢を紡いでゆく。

最近、気がついたこと。しかし、どうやら、僕はその落下感覚が嫌いじゃないらしい。むしろ、何度もそれを噛みしめるように丁重に味わっているような気さえする。僕の友人に飛行機に乗れない奴がいる。彼曰く翼の上にはいつもグレムリンがいるらしい。確かに、飛行機に乗っている間、いつも落下への不安が付きまとうものだ。そういう不安は人にいろいろな妄想を抱かせるのだろう。飛行機に乗ってみる夢は妙なものが多いような気がする。してみると、僕は地上にいながらにして日々、落下が作り出す妄想を味わっているのではないか。それは、非常に創造力豊かな状態とも言える。脈略のない並列が、磁力を帯び引き寄せあい、物語を孕みはじめる。それは昔の人が暗闇の空に浮かぶ無意味な星の配列に星座を描き、物語りを夢見たのと同じことではないだろうか。

多くの文化が、人々の不安や恐怖からつむぎだされるように、不安や恐怖は創造力を育む。現実の恐怖に接したとき、特に奇跡は望まない。けれど逃げずその恐怖と対峙すれば、人の創造力には奇跡めいた飛躍が起こるような気はする。その創造力の爆発はふわっと体を浮かせたりはしないが、人を次のシーンへ導くアイデアを与えてくれるような気がする。それは奇跡と言ってもいいと思う。
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今日の作品は。「FLIGHT」。落下の妄想をそのまま作品にできないかなぁなんてね。なんか物語が見えたら幸い。どうぞお楽しみあれ。
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by radiodays_coma13 | 2005-11-20 01:42 | 感覚について
幽霊なんかいるもんか!
 夏なので幽霊の話。といっても幽霊の話が苦手な人でも多分大丈夫。というのも僕も幽霊が苦手で、幽霊なんか信じていないからだ。でも、困ったことにその僕は幽霊さんによく出くわす。そんな時、僕は迷わず幽霊を見なかったことにする。なぜなら、僕は幽霊がいない前提でモノを考え、幽霊がいないはずの世界に住んでいるので、幽霊にバッタリ出くわしてしまうと、いろいろと、とても困ったことになるからだ。でも、おそらく、幽霊さんたちもいないことにされてしまって困っているはずだろうと察する。そこらへん、幽霊さんも気を利かせて僕の前に現れないとか、バッタリ出くわしてしまっても、いないフリをしてくれればいいのにと思う。そうもいかないので、ちょっと会釈してから、いないことにさせてもらっている。「まま、そういうわけなので…」とか呟きながら。

 しかし、幽霊なんか信じていない僕なんであるけれど、環境的にはきわめて幽霊に恵まれている環境にある。というのも、ことごとく周りの人間にいわゆる霊能力というものが備わっている。もちろん、僕はそんなもの信じていない。彼らの中にいると、本当は自分の方が特別なんじゃないかと思ってくる。うちの父も、うちの兄も、うちの祖母も、みんな霊感持持ちだ。うちの母は霊感はもちろん、怪談をさせたら町内一のツワモノの呼び声高かった。うちの叔母さんなんか、沖縄でユタと呼ばれる存在だったりして。僕の友達も、僕の先生も、霊感が強くて、僕の元彼女は占い師をしていて、その次の彼女の知り合いは変な宗教の教祖さまをしていて。彼らとの日常会話は「今、そこに頭に斧がささった男の人の霊が通った」とか「あのトンボはおじさんだよ、お盆で里帰りしてるんだよ」とかホントに見えたらちょっと楽しそうな会話をしてくれる。

 僕曰く、彼らはとても想像力が豊かなんだと思う。幼い頃は僕も「そこに誰かが立っている」と言われたら、本当に暗闇のなかに誰かが立っているような気がして、振り向くことができなくなっていた。そんな僕をからかうように兄は、電気の点いていない子供部屋の階段を上がろうとする僕にいつも「三階に怨念ババアがおんねん」とか変な駄洒落をかましてくるのであった。しかし、それを言われた僕にはいつも暗闇の中に正座している怨念ババアの姿が見えていた。おそらく、幽霊に出くわすのは僕の想像力のなせる技である。しかし、本当の幽霊と言うのは想像とか妄想の類とは全く異なる。なんというか、彼らはちっとも幽霊らしくないそうだ。つまり、幽霊とは気がつかない。あとで、ああ、さっきのつり革に掴まってたあの人、幽霊だったね、という具合である。

 小学生の頃の夏休み、隣のおじさんが亡くなった。その次の日、父母の昼食の間、僕は独りで店番をしていた。すると、きっちりと正装した初老の男性が「お父さん、おられますか?」と尋ねてきた。僕は二階の父を呼びに行き、帰ってくると、そこにはもう誰もいなかった。「誰だった?」と尋ねる父に、ふっと僕の口から出てきた言葉は「隣のおじさん」。自分で答えてから「???」となった。なんで?それは明らかに隣のおじさんだったからである。もし、僕がその時にその理不尽に気がついたら、悲鳴のひとつでも上げたかもしれない。しかし、おじさんはあまりにも当たり前にそこに立っていて、当たり前に喋ってきた。だからこそ僕もああそうですかという具合に父を呼びに行ったわけだ。

 いいですか、幽霊なるものがいるとして、いや、いないと思いますが、例えばね、例えば。幽霊たるもの無闇に人を驚かせたり怖がらしたりしちゃいけない。だから僕は嫌いなんです。信じたくないんですよ。かまって欲しいんだったらもっとサービスしなきゃ。気の利いたことのひとつでも言えなきゃダメですね。「やあ、今日も顔色がいいですね」とかさ。言えないから「暗い」とか言われて、いまいち人気者になれないんだな。なにか言いたい事があったら堂々と出てきて、理路整然と説明する義務があります。血がついていたら顔を洗ってくる。髪が濡れてきたらちゃんとドライヤーで乾かしてくる。めそめそと出てきた日には、目の前に正座させて、幽霊がどれくらいありえないかという説教を脚がしびれるまでしますからね。わかりましたか?よく覚えておくように。

 しかし、そんな僕もひとつだけ心配なことがある。僕がお陀仏した後、僕の親類や友人たちがなにかの間違いで僕をイタコかなにかに頼んで降霊した時、僕はどうすればいいんだろう。簡単に信念を曲げるわけにはいかないので、呼び出されたら僕は自分を自己否定しなきゃならなくなる。「僕はここにいません!」と言い張るしかないな。もしくは通りすがりの人のようにさりげなくその場をやり過ごそう。誰かに気付かれても知らんふりだ。僕も彼らに混じって「この人、変な人ですか?」という具合にイタコを見つめよう。バレてしまったかくなるうえは、声色を使って別人の霊のふりだ。「サトムネさんは、今、お留守です~」考えただけでゾッとする。そうならないように、今から幽霊をちょっとだけ信じておいた方が得策かもしれないと思っているこの頃である。
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by radiodays_coma13 | 2005-08-15 00:37 | 感覚について
『Butterfly』
 久しぶりの新作FLASHです。ここ三ヶ月、ものつくりしてなかったわけではありませんよ。どちらかというとステージに立つことの方が多かったのです。そういえば、そのトドメとして、SSWSのグランドチャンピオントーナメントが来る7月15日(金)にあります。それ以降はまだステージに立つ予定などハッキリしたものは入れていないので、今のうちに観たい人はどうぞ。なんて、ちょっと宣伝らしい宣伝をしておきます。

 今回のテーマは「時間」。震災についての日記でも触れたけど、「事故にあう人、あわない人、それらを分けるものはなんなのか」。ということについて考えたコメントが随分と溜まっていた。その中から「震災」というテーマを抜き出して作品にしたのが「A day」やSSWSでも発表した「0199501170546」。そこで、時間や事件の必然性について記録したものだけを抜き出して作品にしたのが今回の「Butterfly」。まずは作品をどうぞ。「Butterfly」
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 一時期「カオス理論」にハマっていた時期がある。その中にバタフライ効果というのがあって、どこかの飛行機が乱気流で墜落するのは、地球の反対側で蝶々のはばたきによるものであるという説だ。それは比喩であり、つまり、ほんの些細な出来事がある出来事を決定付けてしまう。例えば、あなたが今、まばたきするかどうかで、運命は変わってくる。今、さっきしたあなたのくしゃみで、スカンジナビアの少女が身投げしたかもしれないのだ。そんなふうに考えると、我々は、一瞬一瞬無数の選択肢の網の中にガンジガラメになっていることになる。なんだか、居心地の悪い話だ。

 一方にはこんな考え方がある。「神はサイコロを振らない」アイシュタインの有名な言葉だ。しかし、この考えに基づくと、全ての運命はあらかじめ決まっていたことになる。宇宙が出来る寸前の無の中には現在に至るまでの情報が全て詰まっていた。数学にはラプラスの悪魔という悪魔が住んでいる。ラプラスの悪魔はこう言う「全ての運命は計算によって導き出せる」つまり、それによると、僕という人間がこの世に生を受け、どういう性格になり、どういうふうな恋をして、どんなふうにふられて泣いて、どういうひねくれ方をして、どういうふうに死ぬかを、しかるべき計算によって導き出せるということだ。そして、これもこれで居心地の悪い話である。

 まあ、創造主なるものが存在するとして、僕たちの居心地のいいように世界を作ったとはいいがたいけれど・・・。「運命は自分で切り開くもの」という考え方もある。それを科学的に突き詰めていけば「多元的宇宙論」になる。つまり、僕の運命もあれば、あなたの運命もある。そう、世界は別々ってこと。今朝、自転車で転んでびしょびしょになった僕もいれば、そうならなかった僕も存在するというのがこの理論。宇宙はどんどん枝分かれしてゆく。この宇宙には同時にそのような宇宙が存在しており、なにがしかの装置を使えば、そのなにがしかの世界へ移行できるというのだ。それが「タイムマシン」の原理なのらしい。

 でも、ストーップ!じゃあ、世界は一体いくつあるの?人や運命の数だけ世界があり、例えば、あなたが部屋でこっそりオナラをした世界としなかった世界があって、そう遠くないどこかで僕は強制的にあなたがオナラをした世界としなかった世界に別離してしまうことになる。じゃあ、この世界は?って考えると頭が痛くなってくるよね。でも、そうすると、こうも考えられる。「あなたの一挙手一投足が世界を劇的に変えていく」。つまり、あなたが見ている世界は、あなたが作り出している世界。あなたの世界の中で爆弾が落ちたのならそれはあなたのせい。あなたの世界で誰かが爆弾を落とすのをやめたらそれはあなたのおかげ。

 タルコススキー監督の「サクリファイス」という非常に美しい映画がある。ある日、初老の男が、ラジオから世界中に核爆弾が落とされるというニュース速報を聴く。人々はパニックに陥る。そして、この男は全てを失っていいから、この悪夢を覚まさせてくださいと神に祈る。すると、次の瞬間、そのニュースは消える。危機が回避されたのではなく、そういうニュース自体がなかったことになっている。つまり、時間は危機のなかった時へと巻き戻されたのだ。しかし、そのことを知るのはその男一人。誰も、そんなニュースがあったことすら覚えていない。しかし、男は誓い通りに全ての財産を焼き払う。サクリファイスつまり「犠牲」だ。まあ、ネタバレしてしまったが、この映画はネタを知っていたからといってどうなる映画でもない。とにかく一度、観てみて欲しい。おそらく80%の人が心地よい眠りに落ち。あとの20%の人が不思議な涙をこぼすのではないだろうか。

 「ものをつくる責任」について先日書いたばかりだが、人にはただ生きているだけで責任が付きまとう。しかし、それは非常に自由な責任であり、しらんぷりすることだってできる。しかし、責任とは、あなたのなにかしらの行動がなにかしらの結果となってドラスティックに返ってくるという意味だ。それは、悪事を働けば悪意で返されるなんていうチンケな責任じゃない。あなたは自分の生きている世界に責任を持たなければならない。それはまた別の意味でも当てはまる。世界をどのように見るかはあなた次第なのだから。あなたには世界がどのように見えていますか?荒んでいますか?僕には全部ひっくるめて尚まんざらでもありません。違うって?もしかしたら、本当に生きている世界が違っているのかもね。あなたは自分が世界を劇的に変えられるという話を信じますか?

 今、あなた、まばたきしましたね?では、僕はあなたが今、まばたきしなかった世界へ行きます。まばたきした方の世界には、もう一人の僕を置いていきます。では、さようなら。
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by radiodays_coma13 | 2005-07-04 00:19 | 感覚について
ワークかジョブか。日常の不安
 先月の22日に舞台に立った。久しぶりの自主企画だった。忙しさというのは塊になるものですね。この舞台を皮切りになんだかあわただしくなってきた。

 それの告知のために、新宿で行われているスラムイベント、SSWSにエントリー。このイベントは言葉を使ったパフォーマンスなら、お笑い、ラップ、詩の朗読、演劇なんでもあり。5分間のパフォーマンスで勝敗を決め、トーナメントでチャンピオンを決めるという、無差別で、ある意味、暴力的なイベント。そこでラッキーにも2位を獲得。次回、6月3日にチャンピオントーナメントに参加する運びとなった。(興味のある人は観に来てね)。今回は二回目のチャンピオントーナメント。自分で納得のいく勝負ができればそれでいい。でも、優勝すると5万円ももらえちゃう。

 そして、ウエノポエトリカンジャム3。これは、詩のイベントでは日本最大。たくさんの豪華ゲストを向かえ、上野の野音で一日ぶっとおし行われる詩のお祭り。僕が東京に来るキッカケを作ったイベントでもある、そして、幸せにも、今回、僕はその実行委員としてデザインを担当しています。

 まあ、自分の活動でも忙しくなってきたねというお話なんだけれど。なんだか、自分の宣伝ってあまり得意じゃない。なんというか照れくさい。商売上手じゃない。どちらかというと、黙ってシコシコ作っている方が楽しい。だから言葉もはずまない。不便な僕の創造力。。。事務的な匂いがすると途端に枯渇してしまう。

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 「仕事」ってなんだろうね。ジョブとワークの違いって?ジョブは作業。ワークは仕事。ジョブは8時間。ワークは24時間って言うよね。会社でのお仕事はジョブ。でも、そう思うと途端につまらなくなってくる。皆様は仕事楽しんでますか?仕事を楽しめるかどうかで人生は大きく異なるものになると思う。「仕事は我慢。時間を売って金を貰う」なんてことを言う人がいますが、そんな時間観念の話をきくといつもミヒャエル・エンデの「モモ」を思い出します。

 そして「時間」ってなんだろうね。「時を刻む」というけれど、時は刻まれてなんかいない。耳を澄ましても時の音はしない。2時59分59秒と3時の間に境目なんて存在しない。時計というものの発明は人間の文化そのものを大きく左右してしまった。もはや、地球はひとつの時計みたいなものとも言える。人は時計に管理され刻まれている。しかし、本来、時間は体から切り離すことは出来ない。存在そのものが時間の流れの中にある。

 最近、通勤の地下鉄に乗りながら村上春樹氏の「アンダーグランド」と「約束された場所で」を読破した。これは地下鉄サリン事件の周辺のことを書いたルポである。それを東京メトロで読むというのもなかなか悪趣味であるが、脂汗が出るほどリアリティを感じた。簡単な感想を言うと、被害者の痛みや混乱、そして、加害者側であるオウム信者の痛みや混乱を、なぜか同じ種類の「日常に潜む不安」というものとして体感した。ここで、簡単な断罪の言葉など使いたくない。我々はどちらの存在にもなりうるのだ。この事は本当に注意しなければならないと思う。

 ただ、まっとうに生きていても、気が付くと、とんでもない場所にたどり着く事だってある。一体、誰が脱線事故を起こしたJRの運転士を完全否定できるだろうか。社会の上では誰も似たり寄ったりだ。自分は誰も傷つけていないなんて思うことこそ暴力だ。インタビューではオウム信者がオウムに入るキッカケは誰も同じようなものだった。それは誰もが抱える種類の日常に対する不安というか、違和感である。それに知らんフリをして生活していくことは出来るだろう。しかし、もう一方の結果として、JRの事故のようなものがあるのではないだろうか。実はどちらもよく似ている。

 「自我」というものは本当に厄介だ。人はこの「自我」を歪められたと感じると思いがけない行動にでる。しかし、この「自我」は人が識字を獲得してゆく過程で生まれる文明的な錯覚でしかないのだ。識字によって声は肉体から切り離される。そのことによって、自分は他者となり、あたかもそこに「自分」という超精神的存在を感じてしまう。そのことは人が時間を身体から切り離したことと相対的関係にある。人は時間を自我と同じく絶対的な価値に押し上げてしまっている。そして、ワークはジョブに成り下がった。ワークを切り刻んでジョブにしたのだ。自我の達成感と時間の余剰を作り出すために。しかし、本当に人はそれで豊かになったのか?

 昔の人の仕事に給料は無かった。そして、休みの日も。その日、一日を生きるために、仕事は常にその人とともにあった。仕事と人も切り離すことが出来なかった。仕事は切り離し難くその人そのものの存在理由であったのだ。誰も自我実現で苦しんだりすることもなかった。しかし、工業化こそが、余暇を作り出し、余暇こそが人に日常の不安を与えてしまった。

 現代人は言葉と自分を、時間と自分を、仕事と自分を、そして、社会と自分をも切り離してしまって孤独な不安におののいている。そこで、安楽に生活する方法は、自我を安全と思い込んでいる社会に埋没させるか、宗教に自分を埋没させるかである。戦えば戦うほど不安は色濃くなる。

 しかし、もうひとつ逃げ道がある。いや、抜け道みたいなものかもしれない。社会と共にあるということ。「社会と自分を一体化させる」この言葉を表現者が口にするのをよく見かける。「表現活動は自己表現ではない」というのは僕の考え。切り離してしまったものをもう一度、自分の中に取り込むのだ。それは埋没するのとは似ているようで異なる。自我を追わない。社会を病むのだ。社会で起こっていることを、自分の体の中で起こっている事と感じることが出来るようになると、不思議に得体の知れない不安は消えてしまう。それは古代の人が感じた共同体の意識に近いかもしれないと思う。他人はもう一人の自分の別な現れ方である。自己なんて本来それくらい曖昧なものだ。

 あなたの周りの社会がひどくすさんで見えるのは実はあなた自身がそこに映し出されているかもしれないとしたら?そういう社会での表現とは、切り離されてしまったものたちとの和解、そして新たな関係を築くための行為であると、僕は思っている。
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by radiodays_coma13 | 2005-06-02 16:02 | 感覚について
産湯の記憶 赤ちゃん空を飛ぶ
 週に二回、酸素不足になるまでスポーツクラブで小1時間泳ぎつづける。そうしないと落ち着かない。小学校4年生になるまで水が怖くて泳げなかったのに、考えると不思議なものだ。水に浸かっていると妙に安心する。「安心」というのか、恐怖と安堵、対極し合うものが癒着した不思議な感覚。なんだろう、その感覚の中枢に触れたくて、いつも泳ぎつづける。泳ぎすぎてクタクタになる。いつもいい所で体力が限界になる。

 今日は休日なので「赤ちゃんスイム」というお母さんと赤ちゃんが一緒に泳ぐカリキュラムを行っていた。お母さんたちは歌を歌いながら子供をゆすったり、水の中に放ったり、いろんなことをする。僕はその隣りのコースで泳いでいる。今日は実に天気もよく、プールに光が差し込んで気持ちが良かった。そういう光景を見ていると、僕自身も赤ちゃんになって泳いでいるような気がして、なんだかとても幸せだった。「おいでおいで~」という若いお母さんの胸に、「ばばばばばば」って僕が泳いで行くことを想像してニヤけた。

 赤ちゃんは実に不思議な生き物だ。ビービー泣いているから、水が怖いのかと思っていたら、水に浸した瞬間、泣き止んでしまう。さっきまで泣いていた子が、おいでおいでの掛け声に、腰掛けていたプールサイドから入水してすいすい泳いでお母さんの元にたどりつく。一瞬沈んで心配してしまうけど、10年前から泳いでますっていう年季の入り方で、ちゃんと器用に手足を動かし前に進んでいく。僕だったら泣くね。「ちゃんとフォローせんかいっ!殺す気か!」って泣きながらブチ切れる。絶対に。

 泳げない、ってのはそれを見る限り後天的なものかもしれん。だとしたら僕の水恐怖症は、父親あたりが僕を風呂に入れて水の中に落っことしたか?そんなことも心配になってくる。赤ん坊はもともと羊水の中で浮かんでいるようなもんだから、水恐怖症ってちょっとありえない。本来は落ち着くべき状況なのだ。僕の水恐怖症が先天的なものだとしたら、僕はとっくにお腹の中で溺れてた。

c0045997_1184376.jpg …溺れてたらしい。4度も流産しかけたと母が言うのだ。しょっちゅう暴れてお腹から足の形が見えることがあったって。今でもよく落ちる夢をみる。夢じゃなくてもよく落ちる妄想に囚われる。ただ立っているだけで、高所恐怖症的な恐怖がふと襲ってくることがある。特に天気の良い日、自分が空に向かって落っこちていきそうな気がすることがある。思わず「はっ!」と声を出してしまう。

 三島由紀夫の小説「仮面の告白」で産湯の記憶についての記述があります。「金のたらいの縁が光った」。これは創作だという説が有力ですが。僕にもそれと似た記憶があり、それがどの年代の記憶なのかわからず仕舞いどころに困っている記憶がある。それは、ただただ眩しく、ただただうるさく、ただただ息苦しく、とにかく目が回っている自分の記憶です。(※二日酔いになった最近の記憶ではありません!)そして、絶望感。「落ちてしまった」というこの記憶はどこから来るのか。

 本当に綺麗な海で泳いだことのある人ならわかる感覚、自分が水の中にいることを忘れてしまうような浮遊感。高所恐怖症の人ならジタバタしてしまうだろう。僕が幼い頃感じた水の恐怖は、物理的な水に対する恐怖ではなく、窒息と墜落への原理的な恐怖であるように思う。そのような恐怖を今は感じることがなくなった。でも、時々、自分がこの地上からどこかに落ちて行ってしまう嫌な夢を見る。そういう時、僕は仕事中であろうが声をあげる。かなり恥ずかしい。

 「泳ぐ」という行為はもしかしたらその「落ちる」行為の代償ではないかと思うことがある。どこから落ちてきたのか、どこへ落ちてゆくのか。時々お風呂に、水中眼鏡を持ちこんで、純粋に「潜る」という遊びをしている。息が完全に切れた所で光の加減が少し歪んで見えることがある。もしかしたら、そこを越えると「おんぎゃあ」って違う世界に落ちてゆけるのかもしれないとい思う。そしたらまた、キラキラしたプールで「ばばばばば」ってピチピチした胸の中に飛び込めるのだろうか。と、そんなことを思ってみた。僕だったらやっぱり泣き止んじゃうね。
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by radiodays_coma13 | 2005-03-27 01:21 | 感覚について