「子供のためのコンテンツをつくること」          cooma.exblog.jp

言葉と文化
by radiodays_coma13
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
著作権という武器
ものをつくるというのは
自由なようでいて自由ではない。
むしろ一番、自由じゃない職業じゃないかと思う。

好き勝手につくるということはおそらく誰にでもできるだろう。
でも、それで食べてゆくというのは尋常じゃない。

社会のルール文化人の嗜好
誰にみてもらいたいのか何を伝えたいのか
そしてセオリースキル会社の都合

こういうものに縛られて、本当に考えて良いものをつくろうとすると
その中にあって自由であるということがいかに難しいか。

「作りたいものをつくって、それで売れればいい」


「アーティスト」や「クリエイター」と言われる人によく会う機会があるが
よくそういう話をきく。
しかし、それができる人は本当に一握りのラッキーな人だ。
それに成功している人に会うと、その意思の強さは普通じゃない。
ああ、この人ならそれができるんだなと納得させられる。

僕のようなのは、日々、会社の都合や、社会のルールにおびえてものつくりをしている。

いざ、それで飯を食おうとすると、社会のルールや会社の都合は、憑依霊のようにかぶさってきて、自分が何を作りたいのかさえ忘れさせてしまう。


***


今日の話題はその中でもやっかいな社会のルールである
「著作件」の話。
ものつくるというこはこの著作権との戦いと言っても過言ではない。
まともに向き合うとなかなかやっかいな敵だ。
僕は今までたくさんの著作物を世に送り出してきた
しかし、自分が作り出したものがなぜか自分の自由にはならない。


僕は前に自分のいた会社に
訴えられました。

こんなに悲しいことってあんまりないですね。

1.僕のデザインのテイストが、
2.僕のイラストのテイストが、
3.僕のゲームのロジックが
4.僕の企画が、
5.僕のアイデアが
僕のものではなくなるのです。

明日から、他人なのです。それを使ったら訴えられるんです。
まあ、そういう契約なので言われても仕方ないのですが、
極端な言い方をすると、明日から僕は仕事できなくなるのです。
自分の真似をしただけでも、違法なのです。


まあ、結論を言うと、強力なバリアーと地雷を仕掛け
先方が手出しをできなくしましたが。
こんなこともあろうかと、事前に弁護士弁理士に相談していたのです。

(しかし、むしろ前の会社に著作意識を植え付けたのは僕自身なんです。
つまり、猿に持たせた武器にやられた愚かな人類のようになっています。)

もし、これからものつくりになろうという人がいたら是非、
しんどいですけど、著作権周りだけでよいので、勉強してみてください。
わたし達は自衛をするべきなんです。
じゃないと、法人にむりしとられます。
本来、著作権は個人を守るための法律で、それがビジネスの名の下
歪められるのは非常に理不尽なことです。


著作権のせいで今まで作ったものが配信できなくなったり
著作権のせいで、自由にものつくりができなくなったり
先につくったのに登録がおくれて、誰かに権利を盗られてしまったり
こんな著作権は本当に必要なのでしょうか?

著作権に関しては以前にも書いたことがあるのですが
それでも僕は著作権否定派ではありません。
著作権がわたし達を決して不自由にすることがあってはならないと考えています。

盲点は一創作者が著作権まで勉強しないということです。
その裏をかかれて会社単位にむしられるのです。
自衛することで我々は予想以上に大きな見返りを受けることが出来ます。
法人を逆に利用することもできます。

本当に価値のあるものは作られたものそのものだからです。
それこそが価値なのです。
ビジネスはそれを利用するだけです。
なにもないところから作れるということは本当に素晴らしいことです。
これさえあれば、わたし達はつくらない人に比べると
強烈な武器を手にしていることになります。
その価値に気付いて、それを利用すれば
ものつくりはもっと豊かになるはずです。

著作権こそは我々をそこから守る手段なのだと思います。
[PR]
by radiodays_coma13 | 2008-02-23 23:59 | 考える
<< 最高のおむすび ピンチはチャンス >>