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言葉と文化
by radiodays_coma13
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妊婦の裸はエロか?
「ハーパース・バザー」10月号の表紙にブリトニースピアーズさんのヌードが使われている。ヌードと言ってもただのヌードではない。妊婦ヌードなのだ。そして、このヌードをめぐってちょっとした論争が起こっている。


表参道の駅の構内に、雑誌の表紙を引き伸ばしたパネルを張ろうとしたが、それをメトロ側が「待った!」をかけた。雑誌サイドはこれに抗議。話合ったが、取り合ってもらえず、ヌードのお腹の部分に黒いシールを貼り、この顛末を謝罪する形に。しかし、それがTVなどで取り上げられ一転、メトロはそのままの展示を許可したという次第。


うちにもちょうど妊婦が一人いる。


二人いられても困るが、一人いるのもそれはそれでなかなか戸惑う。妊婦がいる空間と言うのはちょっと不思議なものです。家には二人しか姿は見えないのだけれど、そこには確実に、もうひとつの生命が存在していて、時々、その存在を主張してくる。


ぷくぷくに膨れたお腹が内側から、ぐんにゅりとつきあげるのをみると、ひとつの膜を隔てて、あちらの世界とこちらの世界と交信しているような気がする。「もしもーし」と言うと、それに反応するように、とっつとっつと向こうから返事が返ってくる。


  彼はいったいどこからやって来たのか?


僕もいつかあちらの世界にいた。そして、ある日、母親という門をくぐってこちらの世界にやって来た。そう思うと、母親という存在が、自分の恋人という存在を超えてもっと神秘的ななにかに思える。しかも、おっぱいは子供のために日に日に大きくなり、スペシャルフードの生産ラインを整えている。


おっぱいが出始めるタイミングは、子供と一緒に、胎盤が出てきて、それが体から離れると、それをスイッチのようにして、放出を始めるらしい。ますます母親は不思議です。もう、奥さんが自分のための奥さんではなく、子供のための存在に思えてくる。


さて、妊婦はエロかという問い。これは奥さんの手前「ハイ、とってもエロいです」と言わなきゃな気もするのですが、申し訳ないですが無理です。それはすっかりエロを超えてしまっています。


「やはり、妊婦を性の対象にする男性も存在し、刺激が強く、立ち止まって事故でもおきたら大変だ。それに、ヌードをみたくない自由もあるはず」



そんなコメントをコメンテーターがしているのをみました。確かに妊婦マニアは存在するでしょう。しかし、です。そんなことをいちいち言っていたら、マッチョマニアの人はどうするのでしょう。筋肉ヌードなんて、普通に街中で見かけます。それこそ立ち止まって事故でもおきたらどうするのでしょう。


世の中にはいろいろなフェチやマニアが存在します。中にはモノにその視線が向けられます。そして、僕がその哀れな「文字フェチ」です。優れたタイプグラフィに性的興奮を覚えます。僕のおちんちんは故障しているのでしょうか?立ち止まって人に迷惑がられることもしばしです。そんな僕のためにメトロは全てのポスターを撤去してくれるのでしょうか?


キリがないのよ!


世の中はカスタマイズの時代。それぞれの嗜好にそれぞれの性。今までのような多数決のビジネスは通用しなくなってきている。そんなことで、一人一人の「みたくない自由」を採用し、尊厳していたら、なにも公表できなくなっちゃうよね。


そして、メトロもメトロなら、ハーパーズ・バザー側の対応がもっとひどい。お腹に黒い紙を貼り付けて、「メトロのせいで、美しい未来の母の姿を一部隠していることをお詫びいたします。」みたいな謝罪文を書きつけた。


でもね、あなたたちは隠してまで、公表することで、美しいはずの妊婦の姿を誰よりも穢しているのだ、と言いたい。


美談めかして、結局、買え買え広告じゃないか。今回の件で一番、しめしめと思っているのは出版社だろうね。この問題を武器に、雑誌を世間に取り上げさせた根性が気にくわねぇ。妊婦の体を隠してまで公表した醜いパネルこそ「みたくない自由」に該当させて欲しかった。


  「もう、隠した時点で、妊婦をエロと認めてしまった社会があるのだから
  どちらにしても彼らの敗北だ。」


隠すことはエロスなのだ。ブラジャーやパンティー、あのフリフリ。なぜ、隠すための道具に飾りつけがしてあるのか?それは隠すのではなく強調するためだから。


例えば、ある裸族の話。彼らはほとんど裸で、女性は陰毛も臀部をあらわにしているが、腰に紐をつけている。しかし、なにかの拍子でその紐が落ちれば、彼女は顔を真っ赤にして恥ずかしがる。そういうことがある。つまり、「強調している付近がエロスな場所ですよ」とわけなのだ。


これは世界中に共通で、その時代、その文化ごとのエロスを感じる場所を強調する。近代のヨーロッパは猫足家具と呼ばれる机や椅子にレースの靴下を履かせた。映画「ピアノレッスン」でも、女性の靴下の穴から見える足に男性が興奮するシーンがある。つまり、足に強く性的な意味がこめられていた時代があった。


隠すことで触発されるエロスもある。隠されると余計にみたくなるというのがそれだ。逆に隠すことで強調したエロスの文化は実は隠されるとみたくなるという本能に裏打ちされて、発生したのではないかと推察できる。だから、エロスの場所を隠すという文化が世界共通のものとなりえる。


ということは、隠したことにより見えてしまう意味は「ここがエロスの場所ですよ~」というメッセージなのだ。図らずもそのメッセージを発生させた「ハーパース・バザー」の罪は重い。そのパネルは「皆さん、ごらんなさい、妊婦はえろいですよ!」と公言しているようなものなのだ。むしろ立ち止まって事故になる確率は上がったかもしれない。


彼らに、その駅での広告を諦める強さと正しさがほしかった。自分達の雑誌が売れればそれでよいという醜いエゴに付き合わされたこちらはたまらない。そのことを主張することで、妊婦はエロではないという主張は逆効果だった。


妊婦はエロいなんて思わなかった人が、今後、意識してしまうハメになる。女子高生がメディアによって湾曲させられ、マニアが増殖させられたように、どこかの街中の「妊婦大好きっ子倶楽部」の経営者は今頃、ウハウハな気持ちになっているに違いない。


悲しいかな、この報道後、「妊婦の裸はエロ」と社会の風潮は傾くかもしれない。通りすがりの妊婦にいやらしい目を注ぐ男性が増え、女子高生の援助交際が流行り病のように蔓延したように、「妊婦キャバクラ」が殖え「妊婦コスプレ」が流行り「萌え~」の代わりに「産まれる~」が流行ったりするのだ、きっと。


もう一度。妊婦はいやらしいか?本当の答えはね。妊娠をさせたやつが一番いやらしいんです、まる。
by radiodays_coma13 | 2006-08-27 17:26 | 考える
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