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言葉と文化
by radiodays_coma13
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落ちる夢がみたい
近頃、よく落ちる夢をみる。それがどんな意味をもつのか。心理学的にとか言い出すと、それは性的に云々かんぬんということになるのかもしれない。しかし、僕が見ているその夢は目が覚めた後でも妙にリアルでざらっとした実感を残こしている。目覚めてなお、その恐怖の感覚が消えないのだ。いや、むしろ、夢の感覚が消えないのではなくて、その恐怖の感覚こそが日常を支配し、落ちる夢となって現れているのではないか。

僕がその人を追って、飛び乗った壁のないそのエレベーターは僕を地上数十メートルのところまで押し上げる。そのビルにはフロアというものは存在せず、ビルの四方を囲むただ、外壁だけでできた空っぽのビルである。(ビルなのだろうか?)すぐにでも地上に戻りたいのだが、どうやらエレベーターは昇り専用で、そこから降りる手段は、壁の反対側に取り付けられた下り専用エレベーターに乗り換えるのみである。そうするには窓の桟を伝っていくしかない。エレベーターからおそるおそる、窓に体重をうつすとエレベーターはすごいスピードで降りていった。やれやれ、進むしかなくなった僕は、数センチの足場をそろそろと進みはじめる。落ちないように窓の上のわずかな出っ張りを必死に掴んでいる。すぐに腕が挙げていられなくなるほどだるくなる…。

目が覚めると、僕はいつも両手を上に挙げている。ずっとこの体勢で眠っていたのだろう。ふと、このベッドが地上数十メートルにあるような不安がよぎる。どうやらそれは大丈夫らしいが、ベッドから降りても、どうも宙に浮いているようで足元がおぼつかない。…と、こんな目覚めの確率が妙に高い。それは個人的な邪推をすれば、家を買ってしまったことによるのかもしれんと思う。もう後戻りできない感覚。それに僕はもう30歳も半ばを過ぎてしまった。そういう不安。単なる邪推。普段、そんなことを考えたこともない。でも、自分の潜在意識のことまでは分からない。

夢の僕は時々、本当に落ちる。自分から落ちることを選択する。内臓が口から飛び出すような本当に嫌な感覚だ。しかし、今まさに地面に衝突しようとしたその瞬間、ふわっと体が浮き上がり目が覚める。再び、目を瞑ると、落下が続いているような強烈な眩暈に襲われる。体の芯にその落下感覚が残っている。すごい重力で地面から引っ張られているようなだるさ。単に疲れているのかもしれない。目を閉じると、ベッドから風が吹き上がり空を飛んでいる錯覚に陥る。両手の力を抜くと腕が浮き上がってくる。しばらくその感覚を味わっていると、現実がまた夢の領域に引きずり込まれてゆく。さまざまな夢のキーワードが目の前に現れては消えてゆく。その一つ一つを捕まえて、また新しい夢を紡いでゆく。

最近、気がついたこと。しかし、どうやら、僕はその落下感覚が嫌いじゃないらしい。むしろ、何度もそれを噛みしめるように丁重に味わっているような気さえする。僕の友人に飛行機に乗れない奴がいる。彼曰く翼の上にはいつもグレムリンがいるらしい。確かに、飛行機に乗っている間、いつも落下への不安が付きまとうものだ。そういう不安は人にいろいろな妄想を抱かせるのだろう。飛行機に乗ってみる夢は妙なものが多いような気がする。してみると、僕は地上にいながらにして日々、落下が作り出す妄想を味わっているのではないか。それは、非常に創造力豊かな状態とも言える。脈略のない並列が、磁力を帯び引き寄せあい、物語を孕みはじめる。それは昔の人が暗闇の空に浮かぶ無意味な星の配列に星座を描き、物語りを夢見たのと同じことではないだろうか。

多くの文化が、人々の不安や恐怖からつむぎだされるように、不安や恐怖は創造力を育む。現実の恐怖に接したとき、特に奇跡は望まない。けれど逃げずその恐怖と対峙すれば、人の創造力には奇跡めいた飛躍が起こるような気はする。その創造力の爆発はふわっと体を浮かせたりはしないが、人を次のシーンへ導くアイデアを与えてくれるような気がする。それは奇跡と言ってもいいと思う。
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今日の作品は。「FLIGHT」。落下の妄想をそのまま作品にできないかなぁなんてね。なんか物語が見えたら幸い。どうぞお楽しみあれ。
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by radiodays_coma13 | 2005-11-20 01:42 | 感覚について
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