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言葉と文化
by radiodays_coma13
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黄色と白は世界平和の旗印
 一口に卵への愛を語れと言われてもこれはなかなかに難しいものがある。誰しもひとつやふたつ自分だけのこだわりの食べ方があり、100人の人がいれば100通りの卵への愛があるのではないだろうか。そして、やっかいなのが、各自が自分の卵への愛こそが真の卵愛だと思っているという点だ。これが国家間ならば、戦争も辞さないという構えである。「美味しんぼ」という漫画で世界卵焼き学会?なるものがあるという話があった。世界各国の人々が集まり、サニーサイドアップ(片面焼き)やターンオーバー(両面焼き)、白身や黄身の具合など、正しい卵の焼き方というのを論議し合うというのである。その真偽は別として、なんとも興をそそられるのであります。かく言う私も卵の食べ方にはかなりうるさい。僕が姑なら嫁が逃げ出すくらいにうるさい。

 ここで、自分の卵愛を披露するのはいかがなものだろうか。誰かに「私の食べ方はこうです」と返信されても、僕は「いや、それは間違っています」というだけの、偏った愛を持ち合わせている。あいにく、食堂でそういった間違った卵かけご飯の食べ方をみるだけで、怒りがこみ上げ、どうしても指摘したくなってしまうほど、僕は心が狭い。食べ物に関してかなり好戦的な人種であるという自負もある。でも、まあ、仕方ない、それは各々の文化なのだ。憲法9条に免じて、目をつぶるしかない。

 しかし、ここは、卵かけご飯の食べ方を例にとって、世界に真の卵愛というのを今一度、明らかにする意味でも、書かなくてはならないだろう。もし、世界中に正しい卵の統一した食べ方が広がるなら、世界から争いごとの半分はなくなるだろう。これは世界平和への大きな一歩となる。美味しく卵が食べられる朝は誰にとっても等しく平和なのだ。テロリストだって、上手に焼きあがった目玉焼きの前では銃を置いてニッコリする。黄色と白は平和の配色だ。日本の国旗だって黄色と白にすればいいのに。
話がそれたが、まず、僕が弁当のない日に通う食堂で見かける卵かけご飯のバリエーションの例をあげる。
・あらかじめ小皿で醤油と卵を混ぜ合わせるか、ご飯茶碗の中で混ぜ合わせるか
・醤油の量、その他調味料、唐辛子、ソース
・卵の混ぜ方、丹念にまぜるか、ざっくり混ぜるか
・黄身だけを食す(これは問題外!)
・海苔のちぎり方、後のせ、先まぜ

 まあ、これらのバリエーションでほとんどの場合の卵かけご飯を説明できるのではないだろうか。この中にはいくつかの例外と変形版がある。卵がメレンゲ状に泡立つまでまぜる人、混ぜた卵かけご飯をレンジでチンして食べるなど意味不明な食べ方を見たことがある。

 さて、正解は、ご飯の上に直接卵を落とし、醤油をひと垂らし、ざっくり混ぜる、が正しい。混ぜる回数と醤油の量は少なければ少ないほど極み。醤油が少なくても、混ぜる回数が少なければ、塩味は十分に感じられる。最良はざっくり混ぜた後に醤油を垂らす。その後は混ぜない。箸で軽く醤油をイナす感じ。混ぜすぎてしまうと、白身の咽喉越しと、黄身の濃厚な味わいが半減してしまう。七味などは使用するべきではない。ソースに至っては蛮行そのものである。海苔はちぎって載せてしまうと海苔自体の香ばしさと触感が失われる。それに、そもそも卵かけご飯においての海苔は必然ではなくて、添え物の一菜に過ぎない。その他、漬物の類である。海苔を卵かけご飯に混ぜてしまうのは、少々下品であると言える。

 このブログでも何度か触れた事のある世界の三国シェフがテレビで卵かけご飯がどんな料理よりも好きだと言って、実家のちゃぶ台に座って、卵かけご飯をしゃぶしゃぶ啜っていた。かなり美味そうに喰らっていた。その三国さんであるが、かなり正解に近い食べ方である。しかし、世界の三国さんには失礼だが、ちと卵とご飯を混ぜすぎているように感じた。皆様も気をつけるように。これも世界平和のためである。

 高校生の頃、父が朝ごはんを作ってくれる事があった。「なにが食べたい?」というので「卵かけごはん」と言って席についたら、すでにご飯と卵が混ぜてあるご飯が出てきたことがある。これには眩暈がした。「こんなのダメじゃないか!」と父と言い合いになってしまった。「第一、ごはんが冷えてる!」と捨て台詞を吐いたら。父は茶碗をわし掴み、今度はそれをレンジでチンしてしまった。僕の前には、もはや卵かけご飯ではなくなった、卵焼きご飯がもうもうと反旗ののろしのような湯気をたてていた。さすがに今、思うと大人気ない。「ごはんが冷えてる!」なんて口答えするべきではなかったのだ。「卵かけご飯は自分でまぜるところまでが肝心なんだよ!」と怒鳴ればよかった。ほんとうに大人気ないね。

 そういう父もかなりの卵愛の持ち主である。いや、彼の場合は卵マニアと言うべきかもしれない。いささか偏っている。ビールジョッキに生卵を10個ほど割りいれ、醤油を一刺しして、それをごくごくと飲み干すのが大好きなのである。普通の人がみたら気分が悪くなるだろう。それはもう、人前には出せない彼と卵とのプレイ、いやレイプとすら言える。彼の場合は純粋に卵の咽喉越しのみを楽しんでいるのである。それは卵にとっては辱めでしかない。陵辱なのだ。黄身は割れることなく、彼の胃袋の中に滑り込んでいってしまう。なむあみだぶつ。

c0045997_215194.jpg 大阪の黒門市場には卵かけご飯だけを食べさせる店が存在する。卵かけご飯のために選び抜かれた米と卵かけご飯のために研究され炊き上げられたご飯、そして、極上の醤油に極上の卵。それのみ。これはなかなかの潔さでありますなあ。それだけで店がやっていけるのかとちょっと心配してしまいますが、やはり巷の卵かけご飯の人気には絶対的なものがあります。それは吉田ふるさと村が出している「おたまはん」という卵かけご飯専用醤油なるものの売り上げを見てもわかる。その吉田ふるさと村が「卵焼き学会」ならぬ「卵かけごはんシンポジウム」なるものをしているらしく、次の機会があれば、ちょっとチャンスを作って参加してみようかなと思っている次第であります。

 さて、卵に関連して作品をひとつ披露したいと思います。今回は趣向を変えて朗読作品をお送りします。パフォーマンス作品は生を観てほしいというのが本音なのですが、リクエストをもらうことも多かったので、調子にのって公開しちゃいます。今後はFLASH作品に加え朗読作品も折をみて発表していこうと思います。んで、今日のは「月光」という作品です。「月光」はベートーベンさんの「月光ソナタ」のことです。あの曲を聴くとなぜか僕は真っ白な卵のことを思い出すのです。卵の悲哀というか、卵の脆さというか、彼自身のメランコリーに涙してしまうわけです。

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by radiodays_coma13 | 2005-09-26 02:11 | 食べる事と飲む事
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