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言葉と文化
by radiodays_coma13
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有識者の罠
「一体なにを学んできたの!?」


企画会議などでありがちな光景。仕事で相手をいちいち見下し、批判し、ディスる人っていますよね。この発言がもたらす影響について考察したいと考えていました。

これはモチベーションが下がるだけの問題ではありません。それらの発言によって会社にどれだけの不利益があるのか。コミュニケーション、クオリティ、士気の問題、業務への影響は計り知れない。

ある人は言うかもしれない。

「彼らは、叱り批判することで、
その人を育てているんだよ」


ではそのことを前提に考えてみよう。叱った方が効果があるのか、褒めた方が効果があるのか、社会心理学社のダニエル・カーネマンがそのことに関してイスラエル空軍においてデータをとりました。その結果、そこにあったのは「平均回帰」という統計的な現象であった。つまり良い結果の後は得てして、悪くなる。悪い結果の後にはだいたいは良くなる。叱ることで良くなるというのはただの錯覚に過ぎなったわけです。

一方で、フロイト、ユングに並ぶ、心理学の巨匠である、アルフレッド・アドラーも、褒めたり、叱ることは間違いであるとハッキリと言っています。褒めることで気を良くした人は褒められるために仕事をするようになるからだと言う。叱られた人は叱られないように仕事をする。自発的に考え行動したいという自律心を阻害してしまうのだという。やがて、彼らは、その報酬なしでは行動ができなくなる。

ある単調な仕事に対して、報酬を与えるグループと与えないグループで、仕事にやりがいや楽しさを感じるのはどちらのグループか?これは有名な実験である。答えは報酬をもらわなかった側がやりがいを感じる。報酬をもらえなかった人々は、その仕事に対して、これは自分が楽しいからやっているのだという自発的な意味を作り出したのだ。

アドラーは人を育てるのは報酬ではなく、感謝であるという。人は誰かから感謝された時にもっとも勇気づけら意義を感じたのである。アドラーがアメとムチ教育を徹底的に否定した理由がここにある。

***

「いや!彼らは少しでも企画の成功率をあげるために
意見しているんだ」


企画の成功率に関して、起業成功率の統計的なデータから考えると、起業内容と成功との間には確率的な因果関係はなく、純粋に継続とチャレンジの回数に相関するということが分かっている。結局は企画云々ではなく、最後までそれを「やりきる」かどうかが成功を左右するというわけだ。「やりきる」には経済力と気力、体力、そして、それを支える信念や愛情こそがもっとも重要な要素だと言える。

企画の内容に大きな意味がない以上、本当は彼らがすべきなのはその企画に愛情を持てるようにするための支援ではないだろうか。これをやるなら、もっとこうすれば面白い。こうすれば、ウィークポイントを補える。等々。しかし、実際に彼らがしているのはダメ出しという名の破壊である。

***

「だが、語気はどうであれ、彼らが正しいことを言っていたら?
それは有用ではないのか?」


正しいかどうかにどういう意味があるのだろうか?

有識者は後知恵で語ることを常としている。しかし、彼らが正しいことを言っているように見えるのは「後知恵バイアス」による。起こった事の結果の中から都合のよいデータを集めて、ストーリーを作るのは知識さえあれば誰にでもできることである。それは正しいのではなく、間違えていないだけなのだ。何かが論議される時、過去のデータによる「後知恵バイアス」で、意味ある意見がゆがめさせられることこそ注意しなければならない。

企画会議においてもっとも意味がないのはその企画の荒らをさがすことである。企画の内容の云々と企画書の出来不出来に相関はない。それを指摘するのは彼らのトリックに他ならない。企画書に眠る有意義なアイデアが、それにまつわる内容の不備によって潰されてしまう。彼らは金の種を探しているのではない、企画書を批判することで、自分を他よりも優位に見せているに過ぎない。つまり、単なる権力闘争なのである。

彼らは「後知恵」で語るので、今までに存在しないものについては語ることはできない。気付きもしないだろうし、それを推薦されたとしても、今までにないというだけで全力で否定してくることだろう。有識者には金の種を見つけることができないということを早めに理解すべきである。もし、問題が発生したとき、彼らはしたり顔でこう言うだろう。

「だから言ったでしょう」

これこそが後知恵バイアスによる発言そのものなのだ。

***

新しい発見とはまだ誰も見た事がないものである。ならば、それを誰が判断できるというのか。それを行動にうつすのは正しさではなく、信じること意外にない。大航海時代、初めてブラジルを発見したペドロ・アルヴァレス・カブラルはそこを島だと思った。正確には島ではなかった。では、その発見に間違いがあったからと言って、発見そのものに意味がなくなるのだろうか。新しい発見は誰もが目をつけなかったからこそ、新しいのだ。キラキラ輝いて、地上に鎮座しているものではない。どんな石も磨けば光る。地上で輝く石は得てして、もうすでに誰かによって磨かれ、所有されている。


本当に生産性を高め、互いの能力を引き出し、やりぬける組織とはどんな組織なのか?グーグルが同社にある数百のチームに対して、行った社内の統計の専門家や組織心理学者による分析がある。(プロジェクト・アリストテレス)。その結果、従来言われている

・「カリスマリーダーがいる。」
・「優秀なメンバーが集まっている」
etc

などの要素はほとんど生産性に影響を及ぼしていなかいことが分かった。そこで重要だったのは、思いやりや心遣いなどの相手への共感や理解力だった。それこそがチームの生産性を高めたのだ。

社内に有識者や批評家は必要ない。4番打者とエースを集めたからと言って、毎年優勝する球団が作れるわけではない。誰がいると言うよりも、誰かの小さな発見に驚き、自分の発見を誰かに話したくなるようなチームの方が創造性を育む。成功するために多くのチャンスをつくり最後まで走りきることが肝心だとして、そのような転んでもすぐに立ち上がれる強いチームを作るには、お互いに励まし磨き合えるムードの方が求められているのではないのだろうか。

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by radiodays_coma13 | 2016-05-31 01:18 | 考える
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