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言葉と文化
by radiodays_coma13
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ホワイトバンドをほっとけますか?
 ホワイトバンドを買った。(「ほっとけない世界の貧しさ」をキャッチコピーに世界の貧困をなくそうというプロジェクトです。詳細はHPで。http://www.pia.co.jp/whiteband/)2ヶ月ほど前、それに関連するビデオをネットでひらい、単に映像として面白かったので、数人の友人に配布した。いつもは人が転んだり、動物がしゃべったりするようなクダラナイのをバラまいているのだけれど、ま、たまにはこんなものもいいかと思い、気まぐれでバラまいた。先日、その内の一人がホワイトバンドを手に巻いていた。行きがかり上、言いだしっぺの僕がしていないのも変だなということで、ホワイトバンドを購入。収入は寄付にまわされるということだ。これはイイコトなんだからと自分をまんざらでもない気持ちに追い込む。自宅に帰ってそうそう妻にも勧めてみる。いぶかる妻。普段、慈善事業的なイベントに参加などしない僕が、アクセサリーなどしない僕が、なにかおかしいということで、不信がる妻。まあ、仕方ない。悪いのは僕なの。日頃の行いが悪いせいなのね。慣れないことはするものではないのです。

 機嫌が悪くなった妻の横で、僕はこういった慈善について考えてみた。貧困は人災なのだ。では、その貧困は具体的にはどこで作られているのかというと、豊かな国が作り出している。そして、日本もそのひとつなのだ。自らの豊かさを他の国から安くで買っている。その国がもっと貧しい国から、モノを奪ってゆく、そして、ひどく貧困な国ができあがる。その中でも無力な子供が犠牲になる。この連鎖を断ち切るのは、本当にこういったプロジェクトなのだろうか?一番手っ取り早いのは、豊かな国々が、しがみついている豊かさからいっせいに降りればいいだけなのだ。例えば、全地球がニューヨークの人々の豊かさを手に入れるためには地球が20個あっても足りないといわれている。所詮、ありえない豊かさなのだ。日本人はその幻想の豊かさの中にいて、ホワイトバンドのことをいう。これは大きな矛盾である。もし、ホワイトバンドの訴えることが実現したとしたら、我々の前から今の豊かさは消えてなくなる。これは自分の足元をすくうような言動なのである。では、なぜ、ホワイトバンドなのか?少し、怖い考え方をすればホワイトバンドをすることで、自分が犯している現実の罪悪感をぬぐおうとしているのではないか。俺は貧困に加担していないと。

 よく使われる批判がある。原子力を批判する人が、自分はクーラーの効いた部屋でくつろいでいる。これと同じ事が常にこのような慈善事業に諸刃の剣として付きまとう。もし、本当に世界の貧困と戦うのなら、僕は全てを投げ打って、この貧困と戦わなければならないだろう。政治家になるか、世界の大富豪になるか。たかだか300円を世界の豊かな国々の人が購入したとしても、貧困の根源はなくならない。貧困は一時、潤いはするだろう。しかし、それは今だけの話しで、焼け石に水でしかない。なにが、無尽蔵に湧き出すこの貧困を作り出すのか、それは貧困な国々に原因があるのではなく、まさに豊かな我々に原因があるのだとしか言いようがない。だとしたらホワイトバンドは貧困な国々のためではなく、我々に見せ付けるためにあると言えるだろう。現在のままの資本主義社会がある限り、ギラギラした豊かさの幻想はなくならない、その下で色濃い影が出来るのは当然なのだ。痛みを伴わない慈善は偽善でしかないと誰かが言いました。我々は「ほっとけない世界の貧しさ」の前で何が出来るのでしょう?今、世界の富を平均的に分散させ、貧困のない世界が来たとしたら、我々の食卓はちょうど、戦後日本のつつましき食卓に戻ると言います。僕は我慢できると思う。しかし、もし自分の子供が「もっと欲しいよお」と言ったら、もしかしたら、僕はその生活を否定するような気がします…。

c0045997_23562923.jpg しかし、最終的な僕の結論は、自分が社会の現状を知り、そのことで、一人でも多くの人が現状を認識する事につながればそれでいいという事です。こういった運動の意味としては、解決させるというよりも「知らせる」という側面に大きな意味があるのだと思う。そして、じゃあ、「知った」後、我々はどうすればいいの?と言う答えは知ったこちゃあない。ホワイトバンドはその後のビジョンについて何も語っていない。貧困がなくなると何が起こるのか、その前に、貧困をなくす過程で何が起こるのか。それは、それぞれ勝手に想像してくれというのだ。ならば、そこからは、夢想家であるモノツクリの仕事ではないですか。

 で、現実の話、今、僕はホワイトバンドをしているのかと言うと迷っているのです。なんというか、複雑なおじさん心なんである。いい人にみられたくない、でも親切はしたい。だったら、バンドを買って、そのまま家に置いておこうか、でも、それしちゃうと、多くの人に知ってもらうという意味がなくなってしまう。でもでも、多くの人が巻きはじめたら、それはそれでちょっと嫌だな。その時は、僕はもっと前からしてましたよと耳打ちして回ろうか。とりあえず、みんながするまで辛抱してみよう。ああ、でも誰かに「あの人はホワイトバンドなんてしちゃって、イイ人ぶっちゃってさ」なんて思われるだけは許せない。僕は辛抱して付けてるんだよと言ってやりたい。ジロジロみられたら、さも俺は悪い奴だといわんばかりに睨み返してやろうか。ダメだ、そんなことをしたら危ない人だって思われる。こんな時は開き直って偽善者風にしてればいいんだ。ところで、偽善者風ってどんなんだろう、誰彼構わず立っている人に席を譲って回ろうか。それとも、隣のおばあさんの荷物を持って立っていようか。それは開き直りすぎだな。そうだ、一本だから中途半端なんだな。いっそのこと両腕に合計20本くらいホワイトバンドをしてみようか。そしたら「スゴイいい奴」と思ってもらえるかもしれない。いや、たかだか6000円じゃないか、そんなんでスゴイいい奴ぶるなんて、俺はスゴイ悪い奴なのかもしれない。こういうのは痛みを伴わないとダメなんだな。全財産、ホワイトバンドに費やすくらいしないと、スゴイいい奴とは言ってもらえない。そんなことをしたら俺が貧しさで餓死してしまうよ。でも、ホワイトバンドで餓死したら、ニュースになるかもしれない、そしたら「世界に貧困を知らしめた男」として歴史に名を残すかもしれない。うん、いいぞ「ホワイトバンド」が「サトムネバンド」って名前になるかもしれないな。「そこのお嬢さん、これはねサトムネバンドと言いましてね、どうですか一本?」

 どうも、さりげなくホワイトバンドを付ける事ができないので困る。黒く塗りつぶそうかな。そしたら目立たないけど、分かる人はわかるかもしれない。でも、分かる人からしたら黒く塗りつぶしてる俺はものスゴク悪い奴じゃないか、ああああぁぁ。うだうだ言うとりますが、こういうのは、カッコイイからつけるとか、誰か好きな有名人がつけてるからとか、もっと軽い気持ちで、いいんだと思います。いや、むしろ軽い気持ちの方が好ましい。だからこそ、賛同者も多くなる。じゃあ、僕の場合はどうしよう。どうしようかな、ええと、そうだ、Mr.ビーンがしてるからと言うことにしておこう。なんかミラクルじゃないですか。

 とにかく、こんなおっちゃんでも、世界の貧しさのために、ささやかに戦ってるんだなと(戦う場所を間違っているような気もしますが)。決していい人と思われたくてバンドをしてるんじゃないんだと、僕を道すがら見かけたら、心の中でそう思ってください。いや、思いなさい。僕は30代半ば、中肉中背、アロハを着ているどこにでも偏在しているおっちゃんですから。
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by radiodays_coma13 | 2005-07-26 23:57 | 考える
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