「子供のためのコンテンツをつくること」          cooma.exblog.jp

言葉と文化
by radiodays_coma13
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やりたい仕事ってなんやろか?
 前回に続き。お仕事のお話。僕は現在、携帯電話のコンテンツプロバイダーで、コンテンツの開発を行っている。結構、自由にさせてもらっている。携帯をいじくって遊んで、WEBでゲームをして遊んで、シコシコと「こんな商品どうでっか?」と未知なる商品を提出するというお仕事。正直、携帯電話が得意ではない。TVゲームも、小学校の時から「ファミコン嫌い」の筋金入りである。だからこそ、ここにいると思っている。ま、今日はそんな話ではない。

 僕が今までした仕事で、一番、肌にあっていた仕事は「染色」であった。沖縄の紅型を基礎とした草木染めの工房を学生のときに自分で立ち上げた。沖縄の紅型には大きく三つの流れがある。王朝時代、城間家、知念家、沢岻家という紅型御三家が存在し、それが三つの流派となった。しかし、現在に残るのは城間、知念のみで、沢岻は幻の紅型と言われた。薩摩藩が琉球王国の富を吸い上げようとするなかで、沢岻家はそれに抵抗し、型を土の中に産め、技術が外に漏れないように滅びを選択した。しかし、僕はその沢岻の紅型に心酔していた。

 紅型というのは「糊10年染め20年」と言われるほど厳しい伝統の世界。しかも部外者への門戸は狭い。ならばというので、自分で工房を立ち上げた。その状況下で沢岻家の発掘というのは都合が良かった。城間や知念に見習いをする必要が無かったのである。毎日、野山で草木染めの原料を調達し、博物館へいって、現存する沢岻の染色や古文書とにらめっこしていればよかった。

 沢岻の紅型は宝の山であった。当時でも沢岻家は紛れもない王朝紅型の花形であった。現在の紅型では考えられない技法や独創的なデザインセンスがある。そういった、技法の復活に取り組む試行錯誤の毎日は、今考えても、うらやましいくらい充実していた。

 折りしも時代はバブル。商品は飛ぶように売れ、工房のギャラリーに商品が全くないという状況も多々あった。あげくには未完成の作品を奪取してゆく客まで現れた。いやぁ、バブリーな話です。しかし、いつも話しを聞いてくれていた大学の教授の一言が僕のチャンネルを変えた。「本当に現代に生きる人にとって草木染めの紅型がリアルと言えるだろうか?」答えはノーだ。いや、型の復古もとても意味があるものだとは思う。しかし、その時の僕のチャンネルは切り替わったのだ。

 お金持ちの肥やしにしかなっていない現状。なぜ、当時の沢岻家は滅びを選んだのか。それは沢岻の紅型は王朝のプライドだったのだ。日本が、薩摩が奪うことのできない富であった。そして、僕も、染色を封印する決意をした。今思うと何かが沢岻の紅型とシンクロしたのかもしれない。

 滅びの美。今そこにしかあることが出来ないもの。ただ、それに触れたかったんだと思う。現代ではなく、王朝時代のリアルを追っかけたに過ぎない。ちょうど染色から足をひいた直後にバブルという時代は終わり、工房もつぶれた。商品が全く売れなくなったということだ。装飾品なんかではなく、現代に生きる人の本当の価値を作り出したい。残ることを目的としたものではなく、今ここでしか意味の無いもの。きっとそういうものが本当の輝きを持ちうると思っている。後世に残したいなんて不遜な考えだと思う。それは結果にすぎない。それが、僕が沢岻から本当にもらったメッセージだった。

 僕が言いたかったのは、思い出話ではない。話が長くなってしまった。現在、染色とは全く異なる世界にいる。そして、コンテンツ制作とデザインと詩という全く異なる三つの仕事。しかし、不思議にひとつのことをしている感覚というのが僕の中にはある。仏教においては、どんな雑務も修行として行われるという。仕事の様相は異なれど目的は一緒だというのだ。

今まで様々な仕事をしてきたけれど、その時々の自分に必要なものであったように思う。それらの全体像を遠目にみると、ある意味のあるまとまりが見えてくる。「少林寺」というカンフー映画で主人公が様々な修行を行う房をひとつひとつクリアしてゆくのだが、そういうイメージだ。しかし、結果として、主人公は強さというひとつの真実を得てゆく。
 
 どういう仕事につくかというのを悩む人が多いようです。挙句にニートとか言われちゃう始末。本当にそれは重要なことだろうか。「やりたい仕事」というのをイメージで選んでいるようにしか思えないことが多い。「僕は絵描きになる!」って以前教えていた生徒が最近、電話をかけてきた。「そんな職業ないよ」と言っておいた。それから、「デザイナーって面白そうですよね」なんて言うので、「デザイナーだってサラリーマンです」と回答。最後に「夢なんか信じるな。現実を楽しくする工夫をしたら?」と冷たいことを言って切った。与えられた情況をクリアしていく中で、本当に自分の「やるべき仕事」が見えてくるように僕は思うのだが・・・。
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by radiodays_coma13 | 2005-06-07 18:15 | 考える
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