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言葉と文化
by radiodays_coma13
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だんしがしんだ
談志が死んだ
だんしがしんだ

おかしな回文。
冗談みたいな本当の話。
ついに僕は立川談志師匠の高座を見るチャンスを失ってしまった。
もう少し早く落語に熱くなっていればよかったと悔やむばかりだ。

昔から、お笑いがたまらなく好きだった。
関西人だからというのではない
むしろ、関西人であったからこそ
天邪鬼ゆえにお笑いから距離を置いてしまったくらいだ。
小学生の頃はなんとなくお笑いを目指していた。
初めてコンビを組んだのが小学校4年生の頃。
同級生の山本くんと「日露戦争」というコンビ名で
ネタカセットを作り売りさばいた。
しかし、関西人という枠から超えることができず
目指すお笑いを関西であることが邪魔をし、スランプに陥る。
ついにはその実力を公にみせるチャンスもなく
失意の中で惜しまれながら解散してしまった。
奇しくも20年後、違う山本くんと
再度「RADIODAYS」という
お笑いまがいのパフォーマンスコンビを組んだが
夢いっぱいの上京直前
相方に逃げられてしまった。
まったくついてない。

こつこつと落語は見ていた。
特に桂枝雀師匠の落語が大好きだった。
落語の喜びを共有できる同世代の友人など存在しなかった。
その頃丁度、漫才ブーム。
「落語が好き」なんてあまり公言したくなかったのだ。
それに落語なんて伝統芸能みたいなもんだし、
いつでもみれるや、じいさんになってからでも遅くないと思ったのが
運の尽きだった。

気がつくと、小さん、志ん朝、枝雀が亡くなり、
米朝さん高座にあがらなくなり、名人といわれる人がいなくなっていた。
この歳になって、ようやく落語を共有できる友人と出会い
落語に改めてのめり込んだ。
が、しばし遅かった…。

もう観るチャンスの残されている名人は
柳家小三治師匠と立川談志師匠しかいなかった。

ここ最近、過去の名人から、存命の噺家さんの
録音を片っ端から聴いていった。寄席にも通った。
今はなき名人の人たちの録音はさすがに素晴らしかった。
三笑亭可楽、三遊亭円生、桂文楽はヘビーローテーション。
が、存命で枝雀師匠を生の高座で観たときと同様の衝撃を受けたのは
たった一人、高座で観た、柳家小三治師匠だけだった。

そして、立川談志師匠。
僕は、嫌いだった。TVに出る彼の傲慢で高慢ちきな
話し方がすこぶる嫌いだった。
チャンネルを変えるほど嫌いだった。
高座の録音も知ってはいたが避けていた。
見た感じが嫌なんだから、高座も嫌に違いないって。
それさえなかったなら…。今は悔やんでも悔やみきれない。
YOUTUBEで彼の高座の動画を発見したので、
怖いもの観たさ半分、いやなら、すぐ消せばいいやと思って観てみた
「芝浜」にただただ、度肝を抜かれた。
紛れもない名人だった。
型破りなのか自由なのか、今まで見たことがない落語だった。
神がかっていると感じた。
その瞬間「しまった!」と思った。激しい後悔。
とっさに彼の高座を探した。しかし、遅かった。

しかし、チャンスを待とうと思った。
もしかしたら、そんなチャンスがあるかもしれない…。
一度、根津のお祭り、確か昨年の10月だったと思う。
そこで、談志師匠を見かけた。
どこかの店先で色紙を描いていた。
釘付けになった。
僕が談志さんを生で見たのはついにこれが最後になってしまった。

僕が落語に感じていた息吹、なんというか落語が主題とする
日本人の原風景となった江戸や昭和初期の人々の生命感
それが僕にとって他のお笑いには変えがたい魅力であった。
そして日本人の土着的な笑いの本質。粋や息や色気を
プンプンを匂いたつくらいに感じられた。
落語を聴くと干物が食べたくなった。
落語を聴くとむしょうに酒が旨かった。
(子供の頃は酒は飲まなかったけど、お風呂で洗面器にお湯を入れ
落語家の真似をして、んぐんぐお湯を飲むフリをして
お燗はいいねぇ、喉のこの辺をキューと酒が通るのがわかるよ
五臓六腑に染み渡るとはこのことだね、とか一人悦にいっていた)

そんな息吹を感じられる噺家さんはもういなくなった。
なにかが終わった。失われたと言っても言い過ぎではないと感じる。
自分がある時代に取り残されてしまったという寂寞感。
もうあの息吹がないのなら、落語じゃなくてもいい、
新しいお笑いでも探そうかしらと自暴自棄になりそうになる。
しかし、まだ、たった一人、柳家小三冶師匠が生きていてくれる。
もう、拝むような気持ちだ。
あと、何回、師匠の高座を観れるだろう。
落語の最後のともし火を僕は自分に許される限り観ておこうと思う。
そして、自分の子供にも一度、みせてあげたい。
いつか、大人になって、
「僕はあの柳屋小三冶を生で観たことがある」というのを
きっと自慢できる日が来るはずだから。
それは日本人にとっての誇りになりえるはずだから…。

追伸
落語は死んだというような書き方になってしまいましたが
まだまだ、上手な人はいると思います。
談志師匠はみれませんでしたが、談志師匠のお弟子さんには
志の輔、志らく、談笑、本当にたくさん、素晴らしい落語家の方がおられます。
これはせめてもの置き土産というのか、僕はそこに談志師匠の息吹を
感じることができます。

本当の落語の息吹を感じさせてくれる落語家を、
金馬、柳橋、志ん生、円生、文楽とすると
志ん朝、談志、小三冶はその次の世代、そして、今の落語家はその孫の孫
コピーのコピーなのかもしれません。
先日、アニメ作家の押井守さんが、現在のアニメを
「コピーのコピーのコピー」と批判していました。
「表現といえない」とそういう言い方で言えば、我々の時代は
全てがコピーの時代と言えるだろう。
コピーのコピーのコピー、もうコピーでありすぎて、
元がなんだかわからなくなっている。
型だけが残る。それは落語しかり、歌舞伎しかり、
すべての文化がたどる道でもある。
今の時代に「その道をまっつぐ帰るってんで」なんて言っても白々しい。
リアルじゃない。
そして、デジタルが登場し、
もうリアルの意味もコピーの意味も変わってしまった。
でも、それでも、我々はそこに生きて、時には表現しないといけないのである。
息吹が感じられないと通ぶって、これからのものを門前で批判するのは
いただけない。第一、粋じゃないね。

押井守さんは現代のモノツクリ、例えばアニメ業界のあり方の難しさに対して
嘆いただけかもしれないが
残された僕らは憂慮するヒマなんてないのだと思う。
憂慮したら、もうそれはご隠居になってしまったということを
宣言しているようなものです。
落語界にもアニメ界にも、きっと次の世代が現れるに違いない。
それが今から、待ち遠しい。

立川談志さんのご冥福をお祈りします。
たくさん、楽しませていただいてありがとうございます。
あなたの「黄金餅」を聴いて、醜い人間の可笑しさ
それでも人間は美しいと思えることができました。
あなたの屍の中に黄金を見つけ出した心持です。
献杯!
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by radiodays_coma13 | 2011-11-25 01:28 | ニュース
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