「子供のためのコンテンツをつくること」          cooma.exblog.jp

言葉と文化
by radiodays_coma13
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ネット依存「ボクは何を失っているのか?」
インターネットには酒やタバコ、麻薬並みの常習性があるという。
だとしたら、僕もインターネットに依存している者の一人
ということになるだろうな。
僕はタバコも麻薬もたしなまないが、酒のような常習性を強く感じる。
最近、それが怖い。

一時期、お酒を一日と欠かさず飲み続けた日々がある。
その成果もあって脂肪肝と診断されたりもした。
しかし、子供が出来たことをキッカケに
過酷な減酒政策を敷き、血のにじむような
努力の結果、週3回の休肝日にも耐えられるようになった。
最初は、「ヤバイよ、コレ」といいたくなるくらい辛かった。
まさか、アル中ではあるまいかと思ったくらいだ。

で、現在、減ネット政策を発令中なのだが
あの時の苦しさがフラッシュバックしている。
いや、むしろ、ズルズルさで言えば、お酒よりもひどいかもしれない。
お酒の場合、さすがに職場で宴をはじめるわけにはいかないけれど
ネットは業務中にも宴が始まってしまう。
仕事がら、調べものに多用しているのであるが
ひとつのキーワードから、気になるキーワードを見つけ
気がついたら、宴もたけなわで、ネットサーフィンをしている自分
最初の調べものがなんだったかも分らなくなっている始末。

お酒なら断酒というのもありえるが
断ネットというのは難しい。
どうしても、触れることになってしまう。
一度、今日は無駄なネットはしないぞ!と心に決めたが
夕方に手が震えた…。
まったくの依存状態である。

果たしてあの「ネットにつながっている安心感」はなんなのだろう。
どうすれば、このズルズルから足を洗えるのだろう。
きっとその先には、あんまり直視したくない、自分の抱える問題が
ぶらさがっていたりするのだろうな。
でも、これは僕だけの問題ではないような気がする。
多かれ少なかれ、得るものもあるが
そこで、失っているものもあるはずだ。
問題は失っていることに自覚的になれずに
失い続けることである。そして、「失うもの」の大きさ。

「ネットで何を失うかなんて誰も教えてくれなかった。」

ネットワークは人間にとって新しい器官のようなものだと思う。
今、世界でなにが起こっているのかを同時的に知ることができ
さまざまな考え方や、いろいろな角度の視点をもつことができる
そして、自分の記憶媒体にもなる。
別々の場所にいながら、誰かとコミュニケーションができる
人の第六感のような存在。携帯電話なんて、
昔の人からしてみればテレパシーそのものだ。
人は突然、それを手に入れてしまった。
触覚、嗅覚、味覚、聴覚、視覚、そして、次の情報処理手段としての
感覚を手に入れたといっても言い過ぎではない。

新しい感覚を手に入れることで生き物は次のフェーズに移行してゆくのだが
果たして、人間はそれについていけるのか?
何十年も目がみえなかった人が、
外科的な処置によりもう一度目が見えるように
なっても、入ってくる情報が一体何を意味するのがわからないということが
おきるらしい。そして、それを拒否してしまう例もある。

感覚を手にするということは
それほどの情報インフラを起こしてしまうしまうものなのに
本当に、何千年と身体的には進化していない人間が
この情報インフラに精神的に耐えれているのだろうか。
しかも、この情報処理手段は生来のものではなくて後天的に
与えられる能力なのだ。
通常、生物が数億年単位の長い時間の中で手に入れる感覚を
人間は一世代で手に入れてしまった。
なにも起こっていないというのがおかしな話だ。
きっとそこには、目にみえないにしても
計り知れない変容が発生しているはずである。

(続ける・・・)
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by radiodays_coma13 | 2011-08-09 00:49 | 子供向けコンテンツを作ろう
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