「子供のためのコンテンツをつくること」          cooma.exblog.jp

言葉と文化
by radiodays_coma13
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震災後の世界で…
子供向けのコンテンツを制作するべく準備をしているけれど
毎日のお勤めもあり、なかなか進めないので
動きを止めないためにも
少しづつ、作ろうとしているものの方向性を日記として確認していくことにする。

****

まさか自分の時代に放射能におびえて暮らす日々が
やってくるとは思っていなかった。
それはどうも世紀末SF的などこかの世界の話だと思っていた。
そのまさかが現実になった。

地震以後、どうもそれらの現実を目の当たりにして
それが自分の世界で起こっていることが
どこか現実離れしているような気がしてくる。
壊滅的な地震の被害や放射能だけではなく、
今、日本が直面している様々の社会的問題にしても
素っ頓狂なもののように思えてくる。

ちょうど、阪神大震災の時に実家が全壊した時にも同じようなことを感じた。
それは、もしかしたら、もう一方では地震の起こらなかった世界があって
自分は地震の起こったほうの世界に迷い込んだんではないかという違和感。
現実逃避なのかもしれないが
「どうも、この世界は正しくないのではないか」という感覚がある。

そして、今回の震災。僕はなにかを間違え続けて
震災を二回も迎えることになった。
どこかに、震災を迎えずに平和に暮らしている日本があるのではないか。
そして、僕は震災が起こったほうの世界に迷い込んでしまった。

果たして僕が住んでいた世界は
なにかがいろいろなところでちぐはぐになってしまった。
しかしだ、そこには僕だけではなく、僕の子供たちや
周りの大切な人たちも入り込んでいる。

もしかしたら、ちぐはぐの無い世界で平和に暮らす
僕の子供たちもいるかもしれないが
ちぐはぐな世界に取り残された人々もいる。
僕はこの世界を子供たちのためにどうにかしなければならない。

とても不思議な感覚なのだけども
この「ちぐはぐ」が全て自分の責任のように思えてならないのだ。
まともな自分はまともな世界に行き
ちぐはぐな自分はちぐはぐな世界へ。
その数多の選択の結果、いまここにいる。

こういうのを平行宇宙論とか多次元宇宙論というようなのですが
つまり、ここは僕の選択の結果の宇宙ということになる。

しかし、そんな理論に絡め取られるまでもなく
なぜか、もっと本能的に、この世界で起こっていることは
この世界で住んできた自分にも責任があると感じてしまっている。

子供たちに、「こんな世界にしてごめんなさい」と
謝らなければならないと感じている。
しかし、だからこそ、謝る前に行動しなければと胸に秘めているのです。
秘めていてもなんなので、こんな風に誰かに話して、
行動しなければならないようにしようと
ムシのいいことを考えている。

きっと誰かが、どこかの大人が解決してくれるに違いない。
そんなふうに思っていた。今でもそんなふうに思いたい。
でも、そんな誰かの無責任で世界のちぐはぐは大きくなってきた。

そして、自分が大人になった。もう十分、歳もくった。
次は自分の番なのだ。
子供たちに、あなたたち大人たちが作った世界と言われてしまう
そんな世代になってしまった。

どんな形であれ、僕はその世界を形成しているものの一部だ。
そして、これは僕が選択した結果の世界だ。
やはり、次の大人たちにツケを回して責任回避するのか。
いや、もう逃げられない。

いつまでも責任を回避してたどり着いたら、目の前に
避けては通れない抜き差しならない問題が壁になっている。

誰かがやってくれるかもしれない。
でも、その誰かがやってくれた世界はまた自分とは別の分岐へと行き
ここにいる自分は常に問題の前に放りだされるようになっている気がする。
誰も逃げることはできないのだ。

だから何ができるのだ?
確かに…。

アンドレイ・タルコフスキー監督の映画で
「サクリファイス」というのがある。
核戦争が始まったニュースをラジオで聴き
主人公は自分は全てを失っていいので、この事態を回避させてくださいと祈る。
すると、そのニュースは嘘になり、
なにごともなかったかのような日常が訪れる。
自分が犠牲になったことで救われた世界。その代償を払うべく主人公は
自分の家を焼き、全てを失うことを受け入れる。
そして、そのことを誰もしならい。ただ、家族は彼の気が触れたのだと思う。
だいたい、そんな映画。とってもいい加減。

祈る?
祈る前に行動しようと思う。

どんな?
それを子供たちと一緒に考えよう。

大人はいろいろと事情という言い訳があるので、
子供たちのためと言いつつ、
自分たちの都合のよいものを作ろうとしてしまうんだろうね。

まずは…
まずは、どんな世界を望んでいるのか、子供たちに聞くのが一番だろう。

君たちはなにが見たい?

君たちはなにを望んでる?

その為にできることをやろう。
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by radiodays_coma13 | 2011-06-11 07:17 | 考える
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