結論から言うと「生物の進化というのは弱者の歴史だった」。こんな話の真偽を考えるとキリがないので、とにかくそうだった。そうだったの!だって、強かったらもう進化しなくたっていいじゃない。というわけで、人間の祖先は海から追い出され川を上がり、泥んこになり陸に上がり、森から追い出され、逃げて逃げて、ついに不毛の砂漠に追いやられて、気がついたら人間だった。そりゃね、ひねくれますよ。自然に苛め抜かれてきたわけですから、だから、人間は根源的に、抜本的に、徹底的に、とにかく自然が怖いし憎い。「自然を守ろう!」なんて、あなた、単なるキレイゴトですよ。
そんな人間が考えることは、自然を排除することです。見渡せる限りの風景を人工物で埋め尽くすこと。結構、がんばりましたよ。だって、あなたの周りを見渡してください。そこに自然がありますか?なに?植物が見える?鉢植えか何かでしょ。それは、人間が自然を服従させた証しです。でも、困ったことにたった一つだけ、どうしても排除することができない自然が残ってしまいました。それは、あなた自身の身体です。こればっかりは排除することができない。どうしましょう?こうしましょう。服で隠すんです。
そうやって、人は裸のままの身体を恐れ、衣服で包み隠しました。服従させられていない自然のままの裸を見せることを恥じました。しかし、人は死んでしまったら、どうにも手に負えなくなる、腐り、膨らみ、異臭を放ち、蛆がわく。まさに自然に帰っちゃうんですよ。そんなものは見たくないってんで、土に埋める、土に埋めたら死後硬直で土の中から手や足が飛び出してくるんで、こりゃ敵わんと重い石をのせる、または死体をぐるぐる巻きにして埋める。こういう死体が初期の埋葬として、発掘されることがある。重い石は現在でも墓石として見かけられる。
そこで!です。僕はこう思うんです。文字や言葉はそこから生まれたと。そこというのは自然への恐怖です。人はまず、怖くて叫びます。その恐怖をより細密に仲間に伝えるために、叫びは言葉に変化して行く。これはかなりのデタラメ論です。でも、それでいいんです。あくまでも仮説ですから。うそでしょー!と思いながら読んでもらえれば幸い。
じゃあ、文字は?アルファベットが登場したのはたったの3000年ほど前、それ以前にも書くことは存在した。でも、アルファベットほど完成されていない。それは絵の延長だったり、単なる印だったり。人間が文字を持つ歴史は決して古くはない。文字を持たない文化が今でも半数以上存在する。では、その文字はどこから来たのか?
人が洞窟の天井に絵を描くそれよりも以前に、僕は文字の原型が存在したと思う。それはタトゥーではないかと思う。いや、少し違うな。ボディペインティングだ。人はある種の持続的な恐怖状態に置かれると、その行為を始める。例えば映画「蝿の王」で、無人島に取り残された少年たちが、漫画「ドラゴンヘッド」では暗闇の中に閉じ込められた青年が、誰に教えられたわけでもなく、顔や体に装飾を施すのである。
文字を持たない民族にも身体装飾は存在する。身体装飾こそは、人間が自分自身という自然を自然のままで置いておかないひとつのテクニックだったのではないか。そして、人はその身体が自分に帰属し、隷属するという印として、タトゥーを刻んだ。それが文字の始り。
アルファベットの元を作ったといわれているファニキア人は、壷にその所有者の印を刻んんだ。人は所有の印としてあらゆるものに名前を付け、それを刻み込み、或いは描き、自然を、自分自身を、所有しようとした。そして、言葉を発達させていった。こんなふうには考えられないか。
昔の人は言葉にある種の呪力があり、ものそのものを動かす力があると信じていた。魔法の呪文やおまじないやお経なんかも、それに端を発しているといえる。そして、タトゥー。人は何故、タトゥーを刻むのか?身体という自然を自分自身が所有していることの証し。そうすることで、わけのわからない恐怖や説明のつかない理不尽な不安を封じ込めることができる。そう感じるのかもしれない。
「不安や恐怖からタトゥーを刻む」ある青年は言う。少なくとも、不安は軽減されるという人は多い。我々はわけのわからない恐怖に接したときにそれを言葉に変換しようとする。これこそが表現の原動力ではないか。そう思ったとき、足跡ならぬ世界の壁画に多く見られる「ネガティブハンド」と言われる手形に、僕は彼らの声を聞く気持ちがする。それは言葉の歴史であり、原始の人々と我々との接点でもある。我々はその手形を通じて彼らと通じ合うことができる。「大丈夫、僕も十分に怖いよ」と。
どうです、足跡残したくなりましたか?残さないあなたは猿以下ですよ。そのほうが或いは幸せかもしれませんが。でも、あなたは幸い?にも人間です。まぎれもなくね。ね、だから、足跡ペタペタしましょうよ。さあ。
こちらは今回のテーマに関連した作品
「WALL」です。