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言葉と文化
by radiodays_coma13
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オムライスと日本の「包む」文化
 いつもワケワカラン日記タイトルをつける友人の日記のタイトルが『 「オムライス」の「オム」ってなんだよ。オムロンと関係あるのか?』だった。いつものように内容は関係なかった…。でも、オムってなに?これについては僕も考え込んだことがある。それで、自分が出した答えは「オム」は後ろに「ライス」がきてることからも「包む」じゃないのか?響き的にもきっとそんな感じ。じゃあ、ご飯を卵で包むことは「オムする」ということになるなあ。その日から服を着ることも、布団をかぶることも僕の中では「オムする」と言うことにした。あえて、真実は調べなかった。じゃあ、「オムロン」はロンを包んでいるわけだ。「おむすび」はすびをオムしてる。うん、きっとそうだ。そうに違いない。

 そんな内容のことをその日記にそっと書き込んだら。その後の日記タイトルが『オムライスの疑問は解決した。今度は「お」について。』だって。ねえ、ちょっと、それ解決してないんじゃない?あらぁ、解決させちゃったよ。で、その日記の内容がいろいろな言葉の頭にくる「お」(例えば「お菓子」の「お」)について彼はどうやら怒っている様子。おもしろい人。「お」の無い生き方をしたいとのこと。とすると、オムライスのオムのオも「ム(包む)」の丁寧表現じゃないの?

 確かに、お菓子、お茶、お尻、お前、おはよう、おかまいなく、おかしいよ、枚挙に暇が無いね。「お」は「御」であり「ご」とも「お」とも「み」とも読まれる。天皇に捧げられるものへの頭につけられた。「御幸」であるとか「御前」ですね。それが丁寧に言う場合に付けられるようになったという訳なのね。「お味噌」という言葉がある。実はこれ「蘇(そ)」と呼ばれる食べ物から来ている。牛乳を煮詰めた古代日本のチーズのこと。大化の改新の頃、中国から孝徳天皇に献上され、これが非常に健康によい薬として文武天皇が製造を命じたとされる。そのため「蘇(そ)」は「御蘇(みそ)」と呼ばれるようになった。で、本来の味噌の方は中国から「醤(ひしお)」として入ってきた、このビジュアルが「蘇(そ)」とそっくりだから「みそ」と呼ばれるようになったそうな。しかし、現在の人はそれにも「お」をつけて「おみそ」と言うようになったんだって。二重の「お」。「みっちゃん」という先輩に「みっちゃんさん」と付けるようなもんだね、きっと。

 日本人は本当に包むのが大好き。ひとつのものを包むのに、それが大切であればあるほど、それを何重にも包装するよね。海外の人にはよくわからん感覚らしい。日本人はよく「多分」という言葉を多用する。「多分、そう思う」と答えを包む。英語では「めいびー」これはあまり使われない言葉らしい、多分。日本人が真に西洋化するには、こんなところから変えてみてはどうだろうか。包み隠さない生き方。そうだね、さしあたって、「お」抜き表現でもしたらどうだろう。例えばこんな風「れ(俺)は前(お前)こってる(怒ってる)ぞ!」

c0045997_912936.jpg 河合隼雄さんという心理学者の公演で彼が「日本人の中空理論」なるものを提唱していた。日本人は中心の部分に空洞をつくるんだそうな。例えば、古事記にでてくる、初めの神様三人兄弟。アマテラスさんと、スサノオさんと、そして、ツクヨミさん。アマテラスとスサノオは大活躍するのに、ツクヨミさんのことはほとんど語られない。彼が語られないことで、そこに空洞ができる、で、あとの二人はその空洞の上を自由に行き来する。時にはおおらかに善悪さえ超える。そういえば日本では悪い神様もたくさん存在する。貧乏神に疫病神、泥棒の神様までいる。一神教では真実がハッキリしていて、そこに向かって物事はシロかクロかの一直線に進んでいる。時間の観念も同じ。過去からキリストの再来までの一直線。しかし、多神教の日本の時間は平面的な広がりをみせ、天皇が変わると暦も変わる。確信の部分に心の空洞を作るからこそ、日本人は外からの異文化や宗教をおおらかに受け入れ共存させることができるのかもしれない。というわけで、僕は日本の「包む」文化推進派になろうと思う。例えばこんな風「俺ちゃんはお前ちゃんのこと、お怒ちゃったりなんかしたりしてるかもかも、多分ね」間違ってる?
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by radiodays_coma13 | 2005-03-09 09:15 | くだらないこと
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